帯状疱疹後神経痛と共に読むドストエフスキー(連載4) 師匠と弟子

近況報告

先日ヤフオクで落札したドストエフスキー全集が届いた。1895年に刊行されたロシア語版全集。不揃いのため安く出品されていたが、ドストエフスキーの死後刊行された貴重な全集である。誰が今まで保持していたのか、どういう事情で手放すことになったのかはまったくわからない。競争者がいて落札価格はだいぶ跳ね上がったが、来年生誕200年を迎えるドストエフスキーを記念するにあたって入手できたことを喜んでいる。

 

帯状疱疹後神経痛と共に読むドストエフスキー(連載4)

師匠と弟子

清水正

  『罪と罰』の「ラザロの復活」の場面に関して執拗に検証したが、改めてなぜイエスはラザロを復活させたのかを考えてみたい。ラザロは死んですでに四日経っており、死臭を放っている。このラザロがイエスの言葉によって蘇生する。ドストエフスキーは『罪と罰』で「前後未曾有の一大奇跡」と書いている。イエスは死者をも蘇らせる力を多くの人々の前で発揮したのだから、確かにただの人ではない。まさにイエスは自分がただの人ではなく、神に遣わされた独り子であることを証すためにラザロを復活させると自ら口にしていた。要するにイエスは神の子であることを証明するためにラザロ復活をなしたのであり、ラザロのことを考えてのことではない。

 死んで四日も経っていたラザロが自ら蘇生を願ったわけではない。マルタ、マリヤもまたラザロの蘇生をイエスに願ったわけではない。にもかかわらず、なぜイエスは敢えてラザロを黄泉の国から復活させたのか。それはあくまでもイエスが神の子であることを証すためになされた。ヨハネ福音書に書かれた「ラザロの復活」には、蘇生したラザロについてはいっさい照明が与えられていない。ラザロはイエスやマルタ、マリアに向かってどのような言葉を発したのか。蘇生したことに感謝したのか、それとも戸惑っていたのか。読者は何も知ることができない。

 それに一番の問題は、イエスによって復活したラザロとはいえ、また再び死ななければならないということである。わたしはいつも思う。復活したラザロはこの地上の世界において特別な存在となったわけではない。復活したラザロもまた人間であるかぎりは死すべき運命から逃れられなかったということである。イエスの神の子であることを信じて〈永遠の命〉を獲得した信仰者もまた例外なく死すべき存在であるということ、この自然の摂理を前にしてはイエスの奇跡さえ児戯の行為に思えてしまうのではなかろうか。復活したラザロが今なおこの地上世界を生きているというのであれば、イエスが起こした奇跡は奇跡という名に値するかも知れない。が、復活したラザロが今なお生きているなどという話は聞いたことがない。ということは、ラザロは復活してから何年か後には死んだということになろう。復活したラザロに対してすら死は勝利をおさめたということになる。

 復活したラザロが再び死ぬまでいったいどのような生活を送ったのであろうか。復活後のラザロは当然死生観が変わったことだろうし、家族、親族、周囲の者たちの彼に対する接し方も変わったことであろう。復活後のラザロの私生活を題材にして小説を書けば、思いもよらぬ発見があるかもしれない。

 いずれにせよわたしは、今日の超マジシャンたちが繰り広げる驚異的な魔術並の奇跡をイエスが起こしても特別の驚愕も感動もない。なぜイエスは自分が神から遣わされた独り子であることを、奇跡を起こしてまで証明しなければならないのか、まずそのことが疑問である。「ラザロの復活」を起こすイエスは、愛と赦しを体現する人間イエスではなく、天なる神、彼を地上世界に派遣した神の存在を何よりも強調する権威者として振る舞っている。

 それにしてもイエスはラザロを復活させたことで、ラザロを救うことができたのであろうか。自らの生き死にを或る他者の思いのままに支配されること自体が不愉快に思える者にしてみれば、一方的に復活させられることは決して幸福なことではない。イエスによるラザロの復活という奇跡を、ドストエフスキーが『罪と罰』で描いたように両手を挙げて賛美するわけにはいかない。

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ドストエフスキー文学に関心のあるひとはぜひご覧ください。

清水正先生大勤労感謝祭」の記念講演会の録画です。

https://www.youtube.com/watch?v=_a6TPEBWvmw&t=1s

 

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 「池田大作の『人間革命』を語る──ドストエフスキー文学との関連において──」

動画「清水正チャンネル」で観ることができます。

https://www.youtube.com/watch?v=bKlpsJTBPhc

 

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これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。

ドストエフスキー『罪と罰』における死と復活のドラマ(2015/11/17)【清水正チャンネル】 - YouTube

 

 https://www.youtube.com/watch?v=KuHtXhOqA5g&t=901s

https://www.youtube.com/watch?v=b7TWOEW1yV4