文学の交差点(連載36)○恐るべき省略

 

池田大作の『人間革命』を語る──ドストエフスキー文学との関連において──」

動画「清水正チャンネル」で観ることができます。

https://www.youtube.com/watch?v=bKlpsJTBPhc

 

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これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。

ドストエフスキー『罪と罰』における死と復活のドラマ(2015/11/17)【清水正チャンネル】 - YouTube

文学の交差点(連載36)

清水正

○恐るべき省略

罪と罰』は十三日間の物語で、ロジオンが四日間ほど意識不明に陥っているので実質十日間ほどの物語である。江川卓訳・岩波文庫版で三冊もある長編小説なので、長い期間を扱っているように思いこんでいる読者も多いと思うが、『罪と罰』で描かれている場面はごくわずかで、わたしは『罪と罰』は俳句のようなものだと言っている。描かれざる場面が非常に多いのである。ソーニャ一人とりあげても〈謎〉は余りにも多い。先にも少し触れたが、わたしたち読者はマルメラードフの告白の表層を読んで、よほどのことがない限り彼の言う話を文字通り信じてしまうのである。

 イワン閣下が慈悲深い〈生神様〉であることやソーニャが身売りするまで処女(純潔な娘)であったことなどを疑う読者はいなかった。しかしソーニャが鞭身派の〈秘密の会合〉ですでに男性信徒と肉体関係を結んでいたことを否定することはできない。何しろソーニャと親しい関係を結び、ソーニャにロシア語訳の新約聖書をあげていたリザヴェータがしょっちゅう孕んでいたというのであるからなおさらである。

 こう書いただけでも『罪と罰』には恐るべき〈省略〉があることを痛感するだろう。読者はソーニャとリザヴェータの〈秘密の会合〉の実態を知らず、リザヴェータが孕み産み落とした子供たちについて何一つ知らされない。

 異教徒、異民族のわたしにとってリザヴェータが信じていた神と、彼女の腹違いの姉アリョーナが信じていた神は同じなのか、それとも違うのか。こういった信仰の問題に踏み込んでいくと分からないことばかりである。十九世紀中葉において聖書は稀覯本であり、容易には入手できなかったと思われるが、どういういきさつでリザヴェータがそれを持っていたのか。なぜ貴重な聖書をリザヴェータはソーニャに贈呈したのか。

 読者は、ソーニャがロジオンの要請に答えて「ラザロの復活」を朗読しているので、ヨハネ福音書を読んでいることは了解できるが、はたして新約聖書のすべてに通じていたのかどうか。作者はこういった点に関していっさい報告しない。いずれにしても新約聖書を読みながら淫売稼業を続けるソーニャという聖女に改めて照明を当てる必要はあるだろう。