飯塚舞子  世界を駆け抜ける操縦士からのギフト

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ドストエフスキー曼陀羅」特別号から紹介します。

 

世界を駆け抜ける操縦士からのギフト
飯塚舞子

 

清水先生が私に与えて下さった中で最大のものは名前であ る。清水先生が私につけた「さざえ」というあだ名は、もは やあだ名ではなくなった。大学において、ほとんどの人が私 のことを「さざえ」と呼ぶ。ここまでくればこれはもう、私 の立派な名前である。清水先生との思い出を、と言われれ ば私には「さざえ」について以外は考えられない。この名 は、初めて先生に出会ったときに与えられた。私の性格と環 境と、あらゆる面を一瞬で見透かし、「まるで貝の栄螺だな」 というのが由来である。ここまでぴったりで、人々にも浸透 する新たな名前というものは、なかなか手に入るものではな い。そう考えると、私は清水先生と出会って、「さざえ」に なった日、新たな人生が始まったのだと思う。
 
そして、清水先生といえば何よりもドストエフスキーである。先生が自身のドストエフスキー作品の批評を私たちに分 かりやすく解説してくださるとき、私はそのスケールの大き さ、目から鱗の捉え方にただ驚き、興味を惹かれてばかりで ある。それはまるで、広大なドストエフスキー作品の中を先 生が操縦する飛行機に乗りながら、急降下急旋回を繰り返 し、目まぐるしく飛び回っているようである。解説の前と後 とでは、森のように広大な作品の中を当ても無くグルグルと 自身の足で歩き回るのと、全てを知り尽くした操縦士が運転 する飛行機から見下ろすのと同じような差がある。それはも う、全くの別世界である。そして、作中に登場する人物だけ でなく、セリフや小道具、全てに対し、それらを一から作り 出した作者すらも超える全知全能の神の如く、誰も見たこと のないほど奥深くまで知り尽くし、再構築するのである。私は清水先生の再構築は文学作品だけでなく、世界のあらゆる 事柄に対して行われていると感じている。それは世界の真理 から目の前にいるたった一人の人物に至るまで。だからこそ 私も清水正によって再構築された一人なのである。そしてそ の結果生み出されたのが「さざえ」なのだろう。これはドス トエフスキーに始まり、この世の全てを再構築している神に よって与えられた名である。この名は私に、かけがえのない 出会いと新たな人生を連れて来てくれた。感謝以外の言葉が 見つからない。そして、この貝の名を大切に抱きながら今後 も清水正が操縦する飛行機に乗り、世界を駆け抜けたいと 願っている。
 
なので清水先生、いつまでもお元気で……これからも私た ちをドストエフスキーをはじめ、見たことのない世界に連れ て行ってください。
(いいづか・まいこ 日本大学大学院芸術学研究科博士前期課程文芸学専攻在籍)