中原美穏子 Okko

 

ドストエフスキー曼陀羅」特別号から紹介します。

 

Okko
中原美穏子

 

大学四年のはじめに、とある男子と変な関係になって、心 の中がぐちゃぐちゃになったことがある。困ったわたしはな ぜか、山下ゼミに属しているのにもかかわらず、その師匠で ある清水先生に相談した。「何を考えているかわからない男 と変な関係になって、修羅場になった挙句、無視されている んです。どうしたらいいですか」。返ってきたのは、「おっ こ、仕事をしろ」という言葉だった。  数日経って、山下先生の研究室にいると、清水先生が現れ (いつも突如現れる)「おっこ、お前は編集志望だったな。学 生のレポートを選んで雑誌に載せるんだが、手伝ってくれな いか」と言う。「はあ」と生返事をすると、学生のレポート をどっさり渡された。
 
言われるがままにレポートを読んでいると、学科ごとの違いがわかって面白かった。文芸学科はやはり、文章がうま い。映画学科や写真学科には鋭い考察を書いてくる人がい る。中でも演劇学科は面白かった。レポートが(例えるな ら)「授業でおっこと呼ばれていた中原美穏子です!」から はじまるのだ。
 
そこで知った。いや、改めて認識したという感覚に近い が、先生はすぐ、あだ名をつける。
 
わたしのあだ名は「おっこ」だ。「美 みおこ 穏子」という名前だ が、同じゼミに「澪 みお 」という子がいたので、「澪は〝お〟で 終わるから〝おどまり〟。美穏子は〝お〟の後に〝こ〟がつ くから〝おっこ〟」という風に決まった。わたしのゼミメン バーも全員つけられた。くま、くら、もえ、なな、小山(な ぜか小山はそのままだったが、歴代の〝小山〟先輩たちもそのまま呼ばれていた)。後輩の相佐は〝あい〟がつくから 「らぶっち」、星は「スター」だった。名前をもじるか一部を 抜き出すあだ名が多い中、わたしのは「みお」「みおこ」の セットで作られたのが少しうれしかった。
 
レポートを読んで、いくつか面白いと思ったレポートと、 それを選んだ理由を付箋につけて先生に渡した。数日後、ゲ ラを渡された。学生レポートの近くに、小さな付箋マークと コメントが書いてあった。「おっこが付箋に書いたコメント が面白かったから、それも載せた。問題ないか確認してく れ」という。上から目線の言葉が多かったので、やんわりと した表現になるよう、赤字を入れて返すと「偉そうなほうが 面白いのに、これでいいのか?」といじわるそうに言われ、 「いいんです」と返すと、そのまま通してくれた。
 
それから、事あるごとに学生のレポートを渡された。その テーマはドストエフスキーに始まり、つげ義春、ドラえも ん、など。レポートを読むことで授業を感じ、演劇学科の学 生のあだ名に微笑みながら、これぞという文章にコメントを 書いた。卒業式当日に「ギリギリですみません」と言いなが らレポートを渡すと、「おっこはやり切るところが偉い」と、 褒めてくれた。卒業式の雰囲気もあって、少し、泣きそうに なった。
 
よくわからない関係になっていた男子とは一年かけて揉め た結果、付き合うことになった。卒業式で彼と一緒にいるところを見た先生はにやにやしながら、写真を撮ってくれた。
 
先生はいつもいじわるなことを言いながら、あたたかく見 守っていてくれた。きっと他の学生にもそうだ。もしかし て、先生がやたらとあだ名をつけるのは、生徒への信頼や愛 情、敬意を表現しているのかもしれない。だからわたしは、 先生に「おっこ」と呼ばれるのがうれしいのかも、しれな い。
 
卒業後、清水先生にお会いすると、こう言ってしまう。 「先生、おっこです!   覚えていますか!」。先生はいつも 「覚えてるよ。中原だろ。で、お前はあの男といつ別れるん だ?」と、めんどくさそうに返してくれる。

(なかはら・みお    マルチクリエイター)

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講演「『罪と罰』再読」2018-11-23

 

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清水正ドストエフスキー論執筆50周年記念  清水正先生大勤労感謝祭」での挨拶 日大芸術学部芸術資料館に於いて。2018-11-2

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清水正ドストエフスキー論全集第10巻が刊行された。
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