うちには魔女がいる(連載5)


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矢代羽衣子さんの『うちには魔女がいる』は平成二十六年度日本大学芸術学部奨励賞を受賞した文芸学科の卒業制作作品です。多くの方々に読んでいただきたいと思います。



矢代羽衣子

うちには魔女がいる(連載5)



 


  ラバーラバーラバー




ぽつ、ぽつ、と水滴が控え目にフロントガラスをノックした、と思ったら、あっという間に横殴りの雨になった。ゲリラ豪雨だ。
途端、車を運転していた魔女は悲鳴をあげた。
「梅が!」
まだ夕飯の買い物が残っていたのに、すぐさま進行方向を変えて家路を急ぐ。車を車庫に入れると、すさまじい雨にも全く怯まずに飛び出して、テラスに干してあった梅を救出していた。魔女は全身ズブ濡れになったが、丸々とした梅たちは一切濡れることなく、無事に家の中に取り込まれたのだった。

魔女はいま、恋をしている。梅干しに。


私と魔女は、けっこう重度の梅ラーである。
梅系のお菓子を見つけたら即購入するし、旅のお供には梅味のグミや梅昆布を常備。小腹が減っておやつに梅干しを食べるなんてこともしばしばである。
そんな梅好きなのに、意外にも魔女は梅干しをいままで作ったことがなかった。何故か。それは梅干しを作るには非常に手間暇がかかる、且つ、面倒も多いからに他ならない。

まずそもそもの行程が多い。
大量の梅を洗い、水に晒してアク抜き。布巾で水気を取って下手を竹串で取り除き、ホワイトリカーと塩を投入。グラニュー糖も少々。ジップロックにまとめた梅たちの上に重しを置き、日の当たらない涼しい場所で保管。梅酢が出てきたらカビが発生してないかを毎日確認、十分に梅酢があがってきたら赤ジソを足して、土用を待つ。
少しでも梅酢が濁るものならば出来るだけ早く対処しなければならない。塩分を極限まで押さえているからカビも繁殖しやすいし、余計に手間がかかるのだ。
土用が来たら天気予報とひたすらにらめっこをし、三日連続で晴れになる日を狙って、ここぞというときに一斉に梅を干す。
そのあとも数時間おきに梅をひっくり返してまんべんなく乾燥させなければならないし、雨に濡れるなどもってのほかだ。ここまでの行程が全て水の泡になってしまう。

「ずっと作ってみたかったんだけど、行程も多いしけっこう繊細だし、怖気付いちゃってね」
塩を馴染ませるためにジップロックに入った梅をゴロゴロと転がしている魔女の目は、うっとりと蕩けている。手間がかかってる分可愛いんだけど、と愛おしそうに梅を見つめる魔女に、私は乾いた笑いをもらした。
一念発起して作り始めた梅干しは聞いていた通り手間も暇も面倒もかかるものだったが、だからこそ梅干しに対して並々ならぬ愛着が湧いてしまったらしい。毎日毎日自分が産んだ子どものように梅を慈しみ、どこにいても梅が気になってそわそわしている様はまるで恋煩いのそれだ。
魔女は手のかかる梅たちにすっかり心を奪われてしまったのだ。


しばらくして、最初に漬けた梅干しがようやく食べごろになった。(今後も第二陣、第三陣と梅干しはどんどん出来上がっていく予定なので、きっと数ヶ月後の我が家は梅干しだらけになっている。)
いままでたくさんの魔女の手作り料理を食べてきたが、流石に自家製の梅干しは初めてだ。わくわくしながら梅干しを齧る。その瞬間、強い酸味が脳天を刺激し、目をくわっと見開いた。酸っぱい! うまい!
やっぱり添加物などが入っていないからだろうか、後味がすっきりとしていて舌触りがとても良い。突き抜けるような酸味はさらりと舌をやさしく撫でて、さっぱりとした旨味を残していく。最近流行りの甘めの梅干しも美味しいが、昔ながらの酸っぱい梅干しも良いものだ。美味しいね、と言う魔女は、記念すべきファースト梅干しの出来に満足げに頷いた。
きっと来年も六月になったら、魔女は梅を愛で、慈しみ、恋をするに違いない。酸っぱい梅干しをもう一口齧れば、仄かに初恋の味がした。

※肖像写真は本人の許可を得て撮影・掲載しています。無断転用は固くお断りいたします。