星エリナのほろよいハイボール(連載121)

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星エリナのほろよいハイボール(連載121)

諏訪湖の夜を思い出す
星エリナ
 


 旅に出るのが大好きな私。っていう話はいろんなところで書いている。自分が知らない場所に行くのが好き。予定もなくのんびり歩くのも好き。実は、夏にも一人旅をしていた。行き先は長野県諏訪市。どうして諏訪市にしたのか、明確な理由はない。兄がよくツーリングで行っていたから、とか。なんとなく涼しそうなところへ行きたかった、とか。温泉に行きたかった、とか。あとは、そう、諏訪大社に行ってみたかったから。そんなこんなで一泊二日の旅。ビジネスホテルをとって、青春18切符を買って、リュックひとつで家を出た。最寄り駅から、いつもとは反対方向へ。二つ隣の駅に来ただけで、なんだか視界が全く違う。新鮮な気持ち。どきどきする。中学生のとき、生徒会役員選挙に出たときの緊張に似た感覚。知らないことと向き合うときのどきどきが心地いい。ぼーっとしていたら、山が近くにあって、ビルは無くなって、平たい一軒家ばっかりの土地に来ていた。途中乗り換えてボックス席ののんびりした電車に乗った。駅弁を一人で食べて、外を見てまたぼんやりする。時間を贅沢に無駄遣い。千葉の大学の学生に囲まれて、仲良くなって、一緒に大富豪をして時間を潰した。
 上諏訪駅に到着したのは、午後二時くらい。くもりだった。埼玉や東京のような暑さはなくて、いくら歩いても汗はかかなかった。諏訪湖に着くと雨がしとしとと降り出して、向こう岸がよく見えなくなった。せっかく来たのに、なんだか悔しい。湖岸公園を一人でぽつぽつと歩く。平日だったし、天気もあまりよくなかったから、ほっとんど人がいない。とっても大きな公園を、独り占め。たぶん「にひひ」と一人で笑う不審者になっていたと思う。
 それから諏訪大社。大きめな通りがすぐ横にあって、車が結構通っているのに、木々に囲まれたそこはほんっとうに静かだった。8月だったのに、肌寒いと感じるくらい。なんだか心が洗われた気分。それから「鎌倉ロマンティック街道」なんて書いてある看板の指示どうりに坂道をぐいぐい登り、下諏訪の街を見下ろした。
 ごはんは駅前のうどん屋さん。クラッチバックを持って夜の街を歩こうかと思ったけど、やっぱり都会とは違って暗くて、怖かったからやめた。でも夜景は絶対見たかったから、タクシーを捕まえて、諏訪湖の夜景が一望できる立石公園へ向かった。
「誰か上で待ってるの?」
「いえ、一人旅です」
「へぇ、いいねえ」
 タクシーの運転手さんはどうでもいい話が上手だ。美容師さんよりもなぜか話ができてしまう。
「そういえば花火があがるんだよ、夏は毎日やってんの」
「立石公園から見えますか?」
「きれーいに見えるよ」
 立石公園で写真を撮っているときは、夜景ばっかりじゃなくて、なぜかいろんなことを考えていた。就職先は決まったけど不安。一人暮らしをはじめるけれど、やっていけるかな。卒業制作、書かなきゃな。彼氏のこと、好きじゃないのに付き合っちゃったな。というか私は先輩のことが好きなんだけどな。そんなことばっかり。全部こうしなきゃって答えが出ないまんまだった。
 だけど、ドンっと最初の花火が打ち上がって。といっても東京の花火みたいにド派手なものじゃなくて、諏訪湖の上をぽんぽんぽんぽん上がるだけのもの。花火を上から見下ろしちゃった。普段経験できないことしちゃったって嬉しかった。
 花火が終わってから少し、また夜景をぼーっと見ていた。だってすーっごくきれいだったから。それまで考えていたことなんて忘れちゃうくらい、キラキラな世界だった
  



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