どうでもいいのだ──赤塚不二夫から立川談志まで──(連載13)




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どうでもいいのだ
──赤塚不二夫から立川談志まで──(連載13)
まずは赤塚不二夫・対談集『これでいいのだ』から

清水正


古舘伊知郎の華麗なしゃべくり



 垂直軸の役割を果たすということで、最も巧みに演じているのは「報道ステーション」の古舘伊知郎である。彼はアントニオ猪木のプロレス実況でアナウンサーとして絶大な人気を得たが、その華麗でスピーディな一人しゃべくりは、プロレス以上の虚構的リアリティを獲得していた。
 古館はニュースキャスターへと転身し、絶叫型のしゃべりを封印した。古館の絶叫スタイルだけを受け継いだセンスのないアナウンサーの大声報道を聞くと、バカにつける薬はないという言葉が身にしみる。プロレス人気は凋落の一途をたどったが、その理由の一つに、古館の後を引き継いだアナウンサーの絶叫解説がある。わたしはプロレスのファンであったが、絶叫解説がうるさくてテレビを見なくなった。サッカーの実況中継などでも、古館の絶叫解説をまねているだけの能のないアナウンサーがいるが、独自の工夫のない者はどうしようもない。
 テレビは基本的に暇つぶしのために見ているだけで、あってもなくてもいいようなものに化している。新聞はとらなくなってずいぶんたつが、全く不都合を感じない。かつて新聞必読のような時代もあったが、もはやそんな神話にたぶらかされている若者はいないだろう。新聞記事など読むよりまとまった本を読んで思考力を鍛え、自分の頭で考えたことを文章化する訓練をしたほうがはるかにいい。自分が見いだしたテーマに関する記事など、ネットを開けばそれこそ無限にある。その膨大な量の中から何を選択するかは、不断に独自の思考力を鍛えている者にしかわからないであろう。





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