鷹尾俊一の彫刻「横たわる像」と斜十字

鷹尾俊一の彫刻「横たわる像」と斜十字
小山雄也





2014年11月14日金曜日午後5時、私は清水正先生の勧めで日本大学芸術学部江古田校舎のアートギャラリー及び A&Dギャラリーにて開催されている鷹尾俊一彫刻展「像」を訪れた。照明が点いたA&Dギャラリーの中には誰もいなかった。出入口の重たい引き戸を開けると、彫刻作品「横たわる像」が中央に配置されていた。右手に置かれていた芳名帳に名前を記入し、館内閲覧専用のカタログを片手に持ちながら展示されている作品を番号順に見学した。
私は「横たわる像」を見た時、像の右手の指が特に気になった。左手の5本指は全て広げられているのに対し、右手の5本指のうち中指と薬指だけがくっ付いていたのである。私には「横たわる像」の右手の中指と薬指が交差するように重ね合わせた形をしている様に見えた。この指の形は日本の民俗風習である「エンガチョ(呼び方は地方により異なる)」をしているのではないか、と私は考えた。エンガチョに関する伝承は多様だが、ある汚さ(けがれ)の感染を防ぐ目的で行う仕草と共通している。指や腕、足などを交差させた形は魔除けの意味を持つ斜十字(×)を表現していると考えられる。私には「横たわる像」が右手の指だけでなく、左足を右上に交差させることにより、2つの斜十字を作り汚れの侵入を拒む意思表示の様に見えるが、念の為に2つの斜十字を作り災厄を被ることを恐れている様にも見える。
日本ではこの世に生を享けた者(新生児)とあの世に旅立つ者(死者)の身体に、鍋墨などで×印を記す習俗が行われていた。新生児にも遺体にも×印を付けることについて、×印のデザインを研究している小野瀬順一は「遺体に×を付けるのは『あの世のものになった、再びこの世に戻ってくるな』という禁止、新生児の場合には『異界からこの世にやってきた。再び異界に戻るな』という禁止であり、×はこの世と異界との出入りを禁止する記号であって、したがって魔除けにもなったと思うのである」と解釈している。「横たわる像」は新生児ではなくあの世に旅立つ死者ではあるが、×印は身体のどこを探しても記されておらず、その代わりに自らの指と足を用いて斜十字(×)を表現していた。「横たわる像」は永遠の安逸を手に入れた死者でもありながら、汚さ(けがれ)を恐れて指と足で魔除けを作り外部から身体への接近、侵入を遮断した。その意思は「横たわる像」の顔を見れば一目瞭然である。死後も安らぐことが出来ず苦悶する痛ましい顔だ。
人間は生きているときに苦悶して、さらに死後でも苦悶しなければならないのか。生きていても死んでいても何かに怯えて魔除けをして、それでも一向に幸福は訪れないのだろうか。しばらく私は「横たわる像」の右手の指と顔をじっと見続けていた。ふと必ず訪れる自分の死を考えた。明確な答えは何も出てこなかった。
参考文献
『しぐさの民俗学―呪術的世界と心性―』常光徹ミネルヴァ書房)2006年
『日本のかたち縁起―そのデザインに隠された意味』小野瀬順一(彰国社)1998年