どうでもいいのだ──赤塚不二夫から立川談志まで──(連載3)
どうでもいいのだ
──赤塚不二夫から立川談志まで──(連載3)
まずは赤塚不二夫・対談集『これでいいのだ』から
清水正
ダニエル・ケーンと激しいやりとり
アメリカ人でありながら山形弁の得意なダニエル・ケーン。赤塚不二夫は日本がアメリカに敗北したことが悔しくてたまらんということで、ダニエルに妙なからみかたをしていた。ダニエルはかわしがうまい。まともに受け止めず、流すべきものは粋に流している。国家間の争いに関しては個人の力ではどうすることもできない。
赤塚不二夫はアメリカは狩猟民であり、インディアンも日本人も狩猟して統治しているんだという認識、ダニエルはそれは戦後まもない頃の古い認識で、今は両国とも仲良くやっているのだからいいではないかという考え。日本の大東亜戦争の敗戦、日本の国歌、日本の国旗にこだわり、アメリカは未だに日本を軍事的に利用しているのだという認識に立つ赤塚不二夫と、アメリカと日本両国の文化の架け橋になろうとしているダニエルの間には埋めがたい溝もある。しかしこれは個人のレベルでは解決しようがない。
「これでいいのだ」という全肯定・ギャグ魂の権化である赤塚不二夫にも熱い日本人の血が流れていて、感情的に爆発せずにはおれない憤懣と悲痛がある。それを前提とした「これでいいのだ」を改めて感じた。