星エリナのほろよいハイボール(連載97)

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星エリナのほろよいハイボール(連載97)

運命的に出会う
星エリナ



 

 今でも覚えている。8月の四週目の金曜日。渋谷のうるさい駅前で。私は彼らと出会ってしまった。
 夏季講習最終日。夜7時を過ぎても渋谷は暑かった。それだけでなく、辞書やテキストといった講習に必要なものが重たい。あとは帰るだけだったが、私は5日間がんばった自分へのご褒美として、渋谷駅前のスターバックスへ向かう。バニラフラペチーノ、クリーム多めで。スターバックスのお兄さんがかなりクリームを増量してくれたことが嬉しくて、一人でちょっと浮かれていた。
 ティッシュ配りのお兄さんや居酒屋の客引き、ざわざわがやがやとにかく騒がしかった。そんななか、歌声が聞こえた。まっすぐな声だったと思う。一体何にそんなに惹かれたのか、正直わからなかった。だけど私はその声に立ち止まってしまった。駅前のスペースで、路上ライブをしている4人に私は出会った。立ち止まった私を邪魔そうに睨んでくる通行人が怖くて私は慌てて人の流れから離れた。隅っこに移動し、荷物の整理をしているフリをしながら路上ライブを聞いていた。
 観客は少ない。バンドの正面に身体を揺らしながら聞いているお姉さんがいて、最初はそのお姉さんだけかと思った。しかし、私と同じように隅っこのガードレールに座って手拍子をしているサラリーマンがいた。そして、スターバックスのドリンクを持って立っている私。3人だけだった。
「それでは最後に僕たちのデビューシングル、聞いてください」
 私が聞き始めたのはもう終盤だったらしく、すぐに最後の曲になってしまった。しかし、この最後の曲が私にとって忘れられない一曲となる。手拍子を求めるヴォーカルを見て、私は音もでないくらい小さく手拍子をしていた。
 曲は所謂明るいポップチューンでとってもノリやすい。歌詞も明るくて、前を向いて歩いていこう、といったような応援ソングだ。今考えると歌詞もありふれている普通の曲かもしれない。だけど、あの時の私に染み込むような歌詞だった。そしてヴォーカルの歌声が真っ直ぐに届いた。
 演奏が終わると、すぐにドラム担当の人が走ってきてフライヤーを渡された。良かったらまた来て欲しい、という彼らなりの営業だ。
 帰りの電車のなかではずっとそのフライヤーを見ていた。すごく嬉しくてドキドキした。別にバンドメンバーがイケメンとかってことはない。だけど何かが始まりそうなわくわくを感じた。
 たぶんこの理由は当時の私が漫画「NANA」の影響を受けていたせいだと思う。私は何度も彼らの路上ライブへ行き、サインをもらい、差し入れをし、すぐに顔を覚えてもらった。私が路上ライブに顔を出すと、みんなが笑顔になってくれることが嬉しかった。帰りが遅くなって怒られたこともあったけれど、それでも通い続けた。当時の日記にはほぼ毎日のように路上ライブの感想が書いてある。路上ライブが一週間もなくて寂しい、とまで書いてある。それほど私は彼らに依存していた。
 それは、あの空間に自分の居場所があると感じたからだ。私はただ、居心地の良い居場所を探していただけだった。

 

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