ユッキーの紙ごはん(連載52)
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ユッキーの紙ごはん(連載52)
【バイトパワハラ体験記 後】
ユッキー
7回目のシフトも、いつものように朝の掃除から始まった。田辺さんはまだ来ておらず、3回目の時に会ったきりのマネージャーの中年男性がいた。細身で、柔和な雰囲気を持った、いかにも優しそうな人である。私の契約手続きなども彼がやってくれた。
掃除機を一旦止め、「お給料日はいつですか」 と聞いた。
お給料が欲しかった。お金に切羽詰っていたわけではない。自分が働いている、努力している証を早く形として見たかった。
マネージャーさんは 「20日じゃなかったかな」 と笑顔で答えてくれた。
彼の目尻の皺を見た途端、気付いたら 「きついんです」 と唇から漏れていた。
主語も何もない言葉だったか、彼は 「ああ」 と顔を歪め、察した様子だった。
「田辺さんの言葉が辛いんです。私、そんなに役立たずですか」
言っているうちに、涙が落ちた。掃除機を抱えたまま泣いた。
マネージャーさんが 「誰からも聞いてない?」 と言うので、「何をですか」 と聞き返した。
「そうか、聞いてないか。それは可哀想に。高木さんなんかはこっち側なんだけど」
彼の言っている意味がわからないまま、「高木さんは、最初のほうに一度だけ会ったきりです。私がいつも一緒なのは、田辺さんと、梶原さんと井口さんです」 と言うと、「梶原さんも井口さんもあっち側だからダメだよ」 と手を横に振った。こっち側、あっち側。
「あいつ、教えてくれないでしょう」 と気の毒そうに言うので、私は 「教えてくれません。教えてないことを教えた、言ってないことを言ったといって、ちゃんと話を聞けって怒鳴るんです」 と泣きながら訴えた。
「あいつはさ、自分が気に入った人間以外をいじめてストレス解消するんだよね」
「俺もやられてるんだよ。何年にもなるけど、いまだに胃が痛いよ」
「ビョーキだよ。誰かを怒鳴りつけてないと精神保てないんだろうね」
「だからみんなすぐに辞めちゃうんだよ。1ヶ月持たないんだ。今まで辞めた人間3桁いくと思うよ」
「それでいじめる人間がいなくなると、また求人出すんだよね。だから、またいじめるために雇うのかって、店長と噂したりするんだけどさ」
「この店は、どうせあと1年で終わるんだ。だから、あいつも置いとけばいいやって店長が決めて、それでまだいる」
「ちなみにあいつはただのアルバイト。社員とかじゃないよ」
マネージャーさんは一通り話した。私は内心、3桁もの人間を辞めさせる人を放っておくなんてだらしない会社だと少し憤りつつそこはマネージャーさんへの感謝の気持ちで抑え、「私も1ヶ月持ちません。ご飯が食べられないんです。バイトのことを考えると辛くてたまらない」 と素直な感情を吐露した。
泣き続ける私に、彼は 「逃げたほうがいい」 「何が何でも辞めさせてくれって言いな。残りのシフトも出たくないでしょ、逃げな」 「ノイローゼになっちゃうよ。みんな心を病んで辞めていくんだから」 と言ってくれた。
教育ではなくただのいじめ。3桁の数の人間が辞めている。その事実は、「怒られて1ヶ月足らずで辞めるのは情けなさすぎるかもしれない」 というこれまでの不安を一掃してくれた。
そして私は辞めた。残りのシフトは来いというので了承したが、帰りの電車、田辺さんの番号からCメールが届いた。「今日で辞めてもいいですよ」 と書いてあったので 「ではお言葉に甘えて今日で辞めさせていただきます。お世話になりました」 と送ると、なぜか 「あなたは常識人だからいてくれると思ったのに。次来られる日メールください」 と、どっちやねんとツッコミを入れたくなる返信が来た。
「この前のバイトから、食べても戻してしまってるんです。本当に本当に辛いんです。今日で辞めていいというご厚意に甘えさせてください」 ( 誇張である。食べられていないだけで嘔吐はしていない )
そう返信して、私は田辺さんの電話番号を着信拒否にした。拒否するためには電話帳に登録しなければならなかったので、「社会の悪」 と名付けて登録した。
ろくでもない職場があるものだ。リズムさんのエッセイをずっと読んでいるわりに何も生かせていなかった自分に気付き、呆れるより落ち込むより何よりも、辛い出来事というものは全く本当に自分の身に降りかかってみて初めてその真の姿が見えてくるのだと感心してしまった。
しかしまあ、3桁近い人間をいじめて辞めさせて平気でいるなんて彼女は図々しいなあと思いつつ。
オイシイ話は掴めないけど、ニガイ話のほうがある意味オイシイよねとほくそ笑みながらエッセイを書く私も、なかなか図太いのかもしれない。
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