日本のマンガ家

日本大学芸術学部図書館主催の展示会「日本のマンガ家 」が日芸江古田校舎の芸術資料館(西棟三階)で開催(2014年6月17日〜7月25日)される。
 日芸図書館では一昨年、日本のマンガ家シリーズ第一弾として実存ホラー漫画家として世界的に著名な日野日出志をとりあげた。わたしと日野日出志先生とは十年来のつきあいで、毎週一回金曜日に志を共にする仲間たちと江古田の居酒屋で飲み会を開いている。文芸批評の山崎行太郎氏、「ドストエフスキー全作品を読む」主宰者の下原敏彦氏、近代日本文学研究家の山下聖美氏、日野氏を兄ちゃんと呼んで敬愛するホラー漫画家の犬木加奈子氏、それにゼミの学生などが加わって毎回、文学、哲学、政治、漫画などについて厳しく楽しくワイワイ議論している。この実に楽しい時間のただ中から発展的なアイデヤや企画が生まれ、そして確実にそれらを実現している。

ギャグマンガの元祖と言われた阪本牙城(1895〜1973)の代表作は『タンク・タンクロー』である。八つの穴の開いた鉄の玉から顔や手足を出したタンク・タンクローは、まさにタンク(戦車)のような超人的な力で敵をやっつける豪傑であるが、同時に心優しい賢い少年である。この作品は大日本雄弁会講談社(現在の講談社)が発行していた「幼年倶楽部」に1934〜36年にかけて連載され、子供たちに愛読された。発表当時『タンク・タンクロー』は田河水泡の『のらくろ』、島田啓三の『冒険ダン吉』などと並ぶ大ヒット作品であった。小説家の大江健三郎やSF作家として著名な小松左京なども愛読者であった。




 大江健三郎は『タンク・タンクロー』との出会いを「真っさらのタンクロー」で次のように書いている。

  私が人生で最初に出会って、これはなんという美しい本だろう、と(この言葉通りにではないが)驚いたのは、時どき不思議な贈りものを、思いがけない仕方でくれる人であった母親から『タンク・タンクロー』という本をもらい、あまり夢中になったので、気の毒になったらしく、同じ本だけれどそれより格段にまさる経験をさせてくれた時のことだった。
  阪本牙城の『タンク・タンクロー』。この幼年向けの漫画がクロース装の一冊の本になったのは、一九三五年。私はその年に生まれたのだから、五、六歳になっていた私の手に入った際、もうその本は新刊のものではなかった。医院の院長先生のお子さんが大切にされていたのを(東京に出張して真っさらの一冊を先生が見つけられたので)いただいて来た、ということだった。その面白さ。タンクローという(シュールで奇抜な滑稽さの、と後にのべる解説に書かれている主人公と、従卒の猿キー公に夢中になったのはいうまでもない。しかし私は、全身のタンクの穴から翼を出して飛ぶ、チョンマゲのタンクローの、タンクの黒、背景の夕焼空の赤の美しさに、小さな魂が燃え上がるようだった。それに感嘆して幾度も口にすると、今度新しく買うて来られた真っさらのページはもっときれいですが! と母はいった。それを聞いた私がさらに熱をあげたので、ある日決してサワッテはならないその本の、当のページを見せてもらいに連れて行ってくれた。濡れているような色彩の面!
             (岩波書店「図書」2011年9月号より)

 ここに引用した大江健三郎の言葉だけでも、『タンク・タンクロー』が当時の子供たちの無垢な感性に鮮烈に訴えるものがあったことが証明されるだろう。自由奔放な活躍、その勇気ある行動と優しさは、圧倒的な説得力で子供たちを魅了したのである。
タンクローは八つの穴の開いた鉄の玉だが、その秘密はどこにあるのか。この点に関しては別項「タンク・タンクローの謎」などで解明してあるので、興味のある方はそれをごらんください。

丸出だめ夫』の作者森田拳次(1939〜)さんは同世代のマンガたちに大きな影響を与えた。


森田拳次先生と奥様の弘子さん

野比のび太」の姿格好は「丸出だめ夫」と瓜二つと言っても過言ではない。その性格も〈丸でだめ〉ということで共通している。先日、イーブック編集部プロデューサーの照井哲哉氏に案内されて森田拳次宅を訪問し、いろいろお話を伺ったり、著書をいただいたりしたが、とにかく森田氏の底なしの寛容さと優しさに深く心動かされるものがあった。展示会の協力を快諾していただき、何枚もの貴重な原画をお借りすることもできた。




 今回の展示会では『丸出だめ夫』の第一話を全コマ、拡大コピーして展示する。

 現在『タンク・タンクロー』も『丸出だめ夫』も絶版状態にあってなかなか入手できない。『タンク・タンクロー』は復刻版ですらなかなか入手できない。ましてやオリジナル版の単行本を入手することはほとんど不可能だろう。幸いにして日芸図書館は、阪本牙城氏のご遺族のご理解を得て、所有する全作品をお借りすることができた。


阪本牙城氏のご子息・坂本直城氏と記念撮影。2014.3.15坂本宅にて

左から阪本牙城氏のお孫さん坂本直子さん、坂本直城氏、日芸図書館戸田浩司事務課長

展示会では阪本牙城コーナーを設けて、それらすべての貴重な単行本を展示する。今回のチャンスをぜひお見逃しなさらぬように。阪本牙城には『おばQ』のルーツとも言うべ作品もあり、今回の展示を通して改めて、どんなに大ヒットした作品でも、先行する作品があるのだということを認識せざるを得ないであろう。氏の代表作『丸出だめ夫』は絶版状態が続いており、今の若い学生たちはその存在すら知らない。森田拳次氏自身が全巻を所有していないということで、『丸出だめ夫』を入手することは困難を極めるが、日芸図書館はこの『丸出だめ夫』全巻を所蔵しているので、もちろん展示会ではすべてを展示する。丸出だめ夫には科学博士の父親とロボットのボロットが登場する。母親はすでになくなっていて、元気いっぱいの丸出だめ夫が深い悲しみを心の底に埋め込んでいることがほのかに伝わってくる。丸出だめ夫は作者森田拳次氏の幼年・少年時代を色濃く反映しているが、作品の世界は子供の夢や想像を刺激する多くの奇想天外なアイデヤが盛り込まれていて飽きさせない。

森田拳次先生宅での照井哲哉氏

 さて、照井哲哉氏によれば、この歴史的に貴重な二作品『タンク・タンクロー』『丸出だめ夫』がこのたびイーブックの電子書籍棚に収録されるということで、まことにありがたい。漫画愛好家、漫画研究家たちの必読電子書籍となることだろう。今後、多くの読者を得て、この二作品が正当に評価されることを願わずにはおれない。私は今、本格的に『タンク・タンクロー』論を批評したいと思って、暇さえあれば執筆に励んでいる。阪本牙城恐るべし、である。当プログでも連載するかもしれない。

※肖像写真は本人の許可を得て撮影・掲載しています。その他掲載写真の無断転用は固くお断りいたします。