コント13 清水正研究

日本大学芸術学部文芸学科卒業制作(平成十九年度)
塚本直毅作品
コント13 清水正研究


 大学の授業風景。熱心に教授の言葉を聞いている生徒がいれば、
一方で携帯をみている生徒、堂々と寝ている生徒もいる。
清水正 …えー、そうだな。授業に戻るか…えー日野日出志が描きたかった本来の姿、それがこのコマから読み取れるんだな
生徒  …
清水正 いいか、まずこのコマ、最初のページのこのコマ。これは一見すると何の変哲もないただの風 景に見えるな?奥にふたこぶの山があって手前には小川が流れている。そして空には一羽のカラスが飛んでいて、この空もまた美しい青色の空ではなく、おどろおどろしい夕闇が意味ありげに辺りを照らしているんだな。
  すーっと手前から山奥深くまで続いているであろうこの小川と共に、砂利道なのかはたまたこの辺りに住んでいる何者かが作為的に切り開いてできた道なのか分からない、不気味かつ奇妙な小道もまた、山奥へと続いている。そしてここに、日野日出志が本来描きたかった主人公本来の姿が見て取れるんだ!どうだわかるか
教授  はいちょっと止めて
清水正の映像がストップする。ここは「清水正研究」の教室である。映画館の
ような大きな教室に清水正の授業風景がスクリーンに映し出され、その映像をも
とに授業を進める教師とそれを聞く生徒たちがいる。そして、スクリーンの光と
教師に当てられたスポットライトだけが教室内を照らし出している)
教師  はいここでの正氏の顔に注目してください。いいですか…実に満足そうな顔をしてらっしゃいますよね?授業を一番に楽しむ姿勢が正氏の特徴です。…いい表情ですねぇ。はい、えー流れるような滑らかな長い説明をし終えた後の正氏の言葉、みなさま覚えていますか?正氏がなんと言ったのか
生徒  …(ザワザワ)
教師  (助手に)ちょっと戻して再生してちょうだい
    (スクリーンには巻き戻しされる正氏の映像)
清水正 …砂利道なのかはたまたこの辺りに住んでいる何者かが作為的に切り開いてできた道なのか分からない不気味なかつ奇妙な小道もまた、山奥へと続いている。
そしてここに、日野日出志が本来描きたかった
主人公本来の姿が見て取れるんだ!どうだわかるか
教師  はい!聞こえましたね?…「どうだわかるか」。正氏はそう言ったんですねぇ。
教師  高ぶる気持ちを抑え、聞こえるか聞こえないか微妙な声で「どうだわかるか」と。
……みなさんどうでした?わかりましたか??
生徒  …(ザワザワ)
教師  そうですよね、わかりませんよね。いいんです、これは分からなくても
いいんです。ほとんどの生徒が分かりっこないことを知りながら、正氏は問うのです。「どうだわかるか」と。もちろん生徒は大方ポカン顔をしています。
    その証拠に…(スクリーンを指して)ちょっとこの生徒をアップにしてみましょうか。(助手に)お願い
    (スクリーンにある女子生徒が映し出される。もともと携帯をいじっていたであろうこの生徒は、右手に携帯を握りしめながら正氏の方をポカンと見ている)
教師  これもいい表情ですねぇ。完全なるポカンです。しかしここではこれが正しいんです。正氏がダダーッと説明していい意味で生徒を置いていく。ただの風景であるこの一コマから作者の言いたいことがわかるんだと。お前らにそれが分かるか分かんないだろうよってなもんですね。そして見てくださいこのドヤ顔
    (スクリーンが正氏の説明終わりの表情に変わる)
教師  どうだ、分かるもんか、「どやっ!」と言った表情ですねぇ。
教師  そしてここから、清水正による清水正ショーが始まるわけです。(助手に)進めて
    (再生)
清水正 どうだキヨちゃん、分かったか?
教師  はい止めて!ここで正氏はわかんないであろうことを前提に親しい生徒に聞くんです。「分かったか」と。いいですかみなさん、ここで正氏は生徒にひとつの
魔法をかけましたよ?どうです?分かりますか?
生徒  …(ザワザワ)
教師  ここ大切ですよ。ここで生徒に理解を問うことによって、ワンクッション置くのですね。これによって、さっきの長く難解な説明で頭が混乱した生徒たちが、このキヨちゃんに注目するわけです。「おいおいキヨちゃんは分かったの?」と。正氏は自らの長い説明と親しい生徒への問いかけにより、教室全体のだらけた空気を一蹴し、授業に注目させたんです。これは見事ですよ、この流れは。ちゃんとノート取っといてね。じゃあ次。キヨちゃんは分かったんでしょうかねぇ?
キヨ  うーん…(首をかしげて)ちょっと、すいません
教師  はい!やはり分かりませんでした。当然ですね、普通の学生がたった一コマの
教師  風景から作者の本意が分かれば、みんな正氏になれちゃいますからね。しかも一瞬でとなれば…きっと作者よりも正氏の方が読み解くのではないでしょうか。さあこのキヨちゃんの解答により、生徒全体の意見がまとまります。 「先生、それはわかんねーって」ね。これで生徒たちは先ほどまでの、分からなきゃいけないのか?という気持ちもなくなり、ふっと緊張が解れた状態に
いるわけです。日本は集団主義ですからね。
そして正氏は、そんな生徒たちに向かってこう言い放つんですね
清水正 そうだろキヨちゃん。そう簡単に分かってたまるかってんだよ
生徒  ハハハハ
教師  はい止めて。…秀逸ですね。ここで自ら伝えるわけです。
    「まだ分からなくていいんだよ」と。そのことをユーモアを持って伝えるんですね。すると、緊張が解れた生徒たちはふっと笑うんです。これは相当なテクニックですよ。正氏の人柄がなせる技というところですね
生徒  おー(ザワザワ)
教師  ここも重要ですよ。この一連のやりとりによっていよいよ授業に入る準備が整うわけです。これが「正マジック」です。赤で書いといてくださいね。大学授業の枠を跳び越えて昨年のセンターにこのやりとりの並び替えが出てましたからね
清水正 じゃあ説明していこうか。まずこの奥にあるふたこぶの山、この山はここでは
何の象徴として描かれているのか。ん?わかるか?
生徒  …
教師  このときの生徒の表情、どうです?先ほど正氏が説明していたときに比べて格段と集中しているのが分かりますね。では続きを見ましょう
清水正 そうだな、これはおっぱいだ
教師  はい止めて!いいですかー、これは聞き捨てなりませんよ。
    ここで正氏はあろうことかふたこぶの山を「おっぱい」に置き換えましたよ。
    いいですか?おっぱいですよ、はい今日予習してきた子、合ってましたか?
正解は「おっぱい」ですよ
生徒  (ザワザワ)…
教師  さあこの時点で感のいい子は分かりますよね?どう?高島。分かる?
高島  え…いやちょっと
教師  分からないの?…こんなとこでつまずいてちゃダメよ!
あなた志望は東大だったわね?そんなんじゃ足切られるわよ
高島  すいません
教師  ここでおっぱいが来たら?工藤
工藤  はい、「母性、もしくは母体回帰の法則」です
教師  そう!この段階でおっぱいが来たらこの後はおおよそ
    「母性、もしくは母体回帰の法則」だな、と思いながら進めていくように。
いいね?では続きを
清水正 そうだな、これはおっぱいだ
教師  ごめんなさいちょっともうひとつだけ注意点ね。ここで正氏の使った接頭語として「そうだな」が来ました。このときの生徒の心理はどう?…よく考えて。
…そうですね。「そうだなって何だよ」ですね。またここで「自分以外はこの山をおっぱいだと分かったのか?」と、生徒を不安にさせるわけです。
この手の問題にも注意ですよ。それでは
清水正 そうだな、これはおっぱいだ。…ここで作者はこの山におっぱいを据え置き、
    ここに向かって流れていくこの小川を
教師  はいみんなで!
生徒  男根!
教師  はいその通り
清水正 ここに向かって流れていくこの小川を「男根」に見立ててるんだな。いいか?「おっぱい」という母性の象徴がこの山であり、小川が主人公の象徴を表す「男根」、そしてこの小川が母性に向かって、すーっと流れているわけだ。
ここに見て取れる主人公の深層心理、それは「猛烈に母性を欲している」ということだな。…どうだ?てるくん。てるくんはおっぱい好きか?
てる  え?え…まあ
清水正 なんだ照れてるんじゃないよ。こんなじじぃがおっぱいについて熱く語ってるんだから、ええ?てるくんも言いなさいよ
てる  うす、好きっす
生徒  ハハハ
教師  この流れもさらっといてね。巧妙ですよー
清水正 そうだな好きだな。笑ってんじゃないよ、ええ?男なんてみんなおっぱいが
好きなんだから。恥ずかしいことないんだよ
女生徒 えー
清水正 何が「えー」だよ、えぇ?じゃああれか?君たちの彼氏はおっぱいが嫌いか?
教師  セクハラまがいですが、決してこれはセクハラではありませんよ。
いいですか?ここもよく出るひっかけ問題ですねー。
教師  たとえセクハラじみた質問でも、情熱と誠意が込められた授業展開の中で
サラッと聞いてしまえばセクハラではなくなるんです。字面だけを目で追ってしまえばセクハラにもとれるけれども、流れを作った中での質問なら大丈夫なんですねぇ。まあこれには正氏の人柄も入ってきますが。みんなも字面だけを
追うのではなく、もっと広い視野で問題を捉えてくださいね
女生徒 えー、私彼氏いないからわかんなーい
清水正 何言ってんだよその年で。彼氏の一人や二人ぐらい作りなさいよ。いいか?あ…おい、ちょっと待てよ、この中で今恋してる人、どんくらいいるんだ?
教師  はい止めてください。えー、ここから話は生徒の恋話へと脱線していき、
この日の授業は終わっていきます。脱線の流れは清水正研究での最重要項目ですので、ちゃんと押さえとくように。この脱線が人気の秘訣なんですね。
えー最後に、「この日に進んだ授業内容は?」という問いの答えは、
「マンガの一コマの中の小川と山について」でした。これ、合ってた子、いる?
生徒  …
教師  うーんまあこの問題は仕方ないわね。難しすぎるわね、この問題は捨てていいわ。
    じゃあまた来週。来週は「赤い殺意をただただ観る清水正」でお会いしましょう
【END】