ユッキーの紙ごはん(連載46)

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ユッキーの紙ごはん(連載46)


【現実は無情】

ユッキー


 
 まだガラケーを使っていた頃、先輩が教えてくれたチャットアプリがあった。キャンバスを共有できるチャットで、文字を書くのも自由、絵を描くのも自由というわけだ。
 その女の先輩が実際にアプリを起動して、遊び方を教えてくれた。チャットに入室すると、たまたま繋がった相手と1対1でチャットすることになる。いつ退室してもいい。

 ただ、やはりというべきか変な人が多く、「女?」 「どこ住み?」 「何歳?」 と聞かれ、すぐに 「番号教えて」 とか 「近いから遊ぼうよ」 などと言われるパターンも少なくなかった。
 先輩曰く、「キモい男が多いけど、暇つぶしにはなるよ」 。

 そんなわけで、私はiPhoneを購入してすぐにそのアプリをインストールした。
出会い目当ての怪しい男に当たることも多々あったが、同年代の女の子とたまたま話ができたりするとなかなか面白く、なるほどたしかに暇をつぶすには最適だった。

 もう2年くらい前になるだろうか、あるときそのチャットで、素っ気ない人に当たった。「こんにちは」 という私の挨拶に 「どーも」 としか返してくれなかったので、こちらから 「今日あったかいね」 と話を振った。

 返事は、「知らない」 だった。

「外でてないの?」
「出てない」
「昨日と比べてすごいあったかいよ」
「昨日も知らない」
「え〜」
「一週間くらい外でてない」
「なんで?」

 私は引きこもりのニートか何かかなと失礼な予想をしていたので、「オレ入院してるから」 という返事に、思わず 「しまった」 と思った。

「そうなんだ どこか悪いの?」 私は全然気にしてないよという体で、文字を書いた。
「かんけーなくね」 関係ない、たしかに。でも勝手な私は自分の無礼さを棚に上げて冷たい返事に傷付いた。

「そうだねー」 相変わらず気にしていないふりで、言葉を返した。

 このあたりから、私はちょっと無神経な女の子を演じた。入院なんてどうでもいいや、よくわかんないし!とにかく話そうよ!という、無邪気なキャラクター。
 本当は入院のことが気になって、彼の傷に触れるような話題を選ばないように必死で、こんな気を遣うチャットなど退室してしまいたくて、でもいきなり退室したら、入院しているとわかったから話したくなくなったのだと彼に知られるのではないかと怖かった。

 結果として、私の作ったキャラクターは彼に好かれた。会話しているうち、彼はだんだんと 「まじか (笑) 」 とフレンドリーな返事をくれるようになり、私の名前を聞いてきた。私は嘘の名前、イマドキの女の子っぽい偽名を答えた。

 彼は私と話すのが楽しいと言って、LINEのIDを聞いてきた。
 私は 「買ったばっかりでラインはまだ登録してないんだ」 と答えた。本当のことだったのに、嘘をついている気分になった。

 彼は自分のIDを私に告げて、LINEに登録したら連絡をくれと言った。「ぜったいだぞ」 と汚い文字で私に念を押して。

 入院なんて嘘かもしれない。本当だったとしても、大したことのない怪我や病気かもしれない。もし大病だったとしても、彼と連絡を取って私がしてあげられることなど何もない。彼に名前を教えた×××は、私の演じたキャラクターでしかなく、どこにもいない。
 彼に連絡をしない理由を自分の中にあげて、何の役にも立たない同情の念を押しつぶした。

 それにしても、顔も知らない女の子に安易にほだされて連絡を取ろうとするなんて。今後、詐欺に引っかからないといいけどなあ。
 余計な心配をしつつ、いや、彼のほうが詐欺師だったのかもしれないと思い至った。

 最初は素っ気なかった男の子が徐々に心を許していく、あの過程。もしテクニックだと考えると、しっくりくる。

 詐欺に騙されるわけない!と思い込んでいる人のほうが危ない、というのはこういうことなのかもしれない……。




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