「日藝・図書館案内」冬号・特集つげ義春 が二月に刊行された

「日藝・図書館案内」冬号・特集つげ義春刊行。清水正の「日藝図書館活動(平成25年度)を振り返って」と前図書館副館長の高橋則英教授の「林芙美子と写真──屋久島紀行アルバムをめぐって(再考)が掲載されている。







日藝図書館活動(平成25年度)を振り返って

清水正日本大学芸術学部図書館長)


 日芸図書館は私が図書館長に就任して以来「顔の見える図書館運営」と国内外への「発信」をモットーに活動を展開している。平成25年度の日芸図書館企画の展示会、シンポジウム、講演会、および刊行物を中心に一年間を振り返ってみることにしよう。

展示会
「世界文学の中の林芙美子(平成25年6月25日〜7月26日。於:日本大学芸術学部芸術資料館)
林芙美子の生誕110年を記念して開催された展示会。「林芙美子はどのような世界文学を読んでいたか」「林芙美子と映画」「アジアの中の林芙美子」「大泉黒石」「塵表閣」「手塚緑敏の絵画」などのコーナーを設けた。
 6月27日には長野県上林温泉「塵表閣」から小林美知子女将と栄利子若女将が来館された。「塵表閣」からは林芙美子はもとより、川端康成与謝野晶子など著名人が記帳した「芳名録」、林芙美子の葉書、写真、林芙美子が愛用した文机、浴衣、飾棚など貴重な品々をお借りした。おかげで充実した「塵表閣コーナー」ができあがった。
 6月28日には「なおえつ茶屋」を経営し、林芙美子文学の普及に努めている舞踊家の花柳紀寿郎さんが来館された。
 7月5日、展示会には〈日本のドストエフスキー〉と言われた大泉黒石の四女・淵さんが孫の桑平亜紀子さんと来館された。淵さんは幼少時から林芙美子に可愛がられ、成年してからは秘書として常に林芙美子の傍らにあった。この日は私が担当する「雑誌研究」の時間帯に「林芙美子と父・大泉黒石を語る」をテーマに対談形式の特別講義、さらに場所を日藝図書館閲覧室に移して、さらに詳しく父・大泉黒石および林芙美子をめぐるエピソードなどを語っていただいた。

「LEO LIONNI レオ・レオニの絵本」 (平成25年6月〜10月。於:江古田校舎西棟四階図書館内)
図書館事務課長補佐・山崎恭子さんによる企画展示である。グラフィック・デザイナー、画家、彫刻家としても活躍したレオ・レオニの絵本(日藝図書館所蔵)を展示している。

つげ義春とその周辺」 (平成25年9月〜現在。於:江古田校舎西棟四階の図書館入り口のフロアー前)。日芸図書館所蔵のつげ義春氏の単行本、関連文献として雑誌や研究書、取材時のつげ義春氏の肖像写真などを展示している。

「日藝からみたオリンピック」 (平成25年10月〜現在。於:江古田校舎西棟四階図書館内)
体育科主任・松村悦博教授の発案を図書館が受けて実現した展示である。2020年第32回オリンピック開催地が東京に決まったこともあり、日藝が所蔵する関連資料・写真を展示し、オリンピックを〈日藝〉から見直してみようという試みである。

「日本のマンガ家 つげ義春 (平成25年10月9日〜10月28日。於:日藝アートギャラリー)
調布の喫茶店で見せていただいた「チーコ」の原画(私が写真撮影したもの)を中心に、つげ義春の単行本、掲載雑誌(「ガロ」「ばく」)、研究本や雑誌(「漫画主義)、つげ義春特集号の「江古田文学」や刊行されたばかりの『日本のマンガ家 つげ義春』と平成24年に刊行した『日本のマンガ家 日野日出志』、さらに甲田謙一氏(写真学科教授)のコレクションからつげ義春が蒐集したカメラと同機種のものを6機展示することができた。ポスターは版画家の皆川孝一氏(デザイン学科技術員)にお願いした。つげ義春のマンガは主に団塊の世代に熱狂的なファンが多いが、私が担当する「マンガ論」では毎年、つげ義春の作品をとりあげているので、若いひとたちの中にもつげファンが着実に増えている。大衆に迎合せず、独自の境地を開拓したつげ漫画は〈美術〉〈文芸〉の地平においても突出した位置を占めつつある。今後、新たな視点からの研究も始まるであろう。

シンポジウム
「文学とマンガ」(平成25年9月4日〜5日。於: 国際交流基金ジャカルタ日本文化センター)。
日芸図書館企画によるインドネシア国立大学大学院日本地域研究科との共催によるシンポジウム。日芸からは清水正図書館長、山下聖美文芸学科準教授、実存ホラー漫画家の日野日出志氏(文芸学科非常勤講師・大阪芸術大学教授)、文芸評論家の山崎行太郎氏(文芸学科非常勤講師)、熊谷浩二演劇学科教授、戸田浩司図書館事務課長、日芸マスコミ研究会部長の伊藤景さん(文芸学科四年生)が参加した。
私は四日に『ドラえもん』を題材に講演、五日に「林芙美子の『浮雲』とドストエフスキーの『悪霊』について」、山下準教授は五日に「アジアの中の林芙美子」について講演した。山崎氏は「近代日本語論」、「熊谷教授は「日本の現代演劇の現状」について講演、講演後に<鶴の恩返し>でよく知られている木下順二作「夕鶴」の一場面を、熊谷教授の演出で戸田浩司図書館事務課長が<よひょう>を伊藤景さんが<つう>をインドネシア語で熱演した。なお四日の講演に関しては「じゃかるた新聞」(2013-9-6)に「マンガ論に学生熱中 漫画家・日野氏ら講演」の見出しで大きく紹介された。
シンポジウムを終えた後、イドネシア大学大学院日本地域研究科の日本語文献を収集した図書室、インドネシア国立大学図書館インドネシア国立図書館を訪問し、関係者と親睦を深めた。

刊行物
『日藝・図書館案内』 (平成25年4月。縦・横180並製・22頁)
毎年、四月に新入生及び在校生向けに刊行される図書館案内パンフレット。

『日藝・図書館案内 秋号・林芙美子特集』 (平成25年10月。A5判並製・16頁)
芸術学部資料館で開催された『世界文学の中の林芙美子』の展示模様を中心に編集してある。記事は清水正「『世界文学の中の林芙美子』展示会開催に際して」・田島良一「映画化された林芙美子作品」・戸田浩司「日本大学図書館業務研修会実務研修会(グループ1)報告」・山崎恭子「日本大学図書館業務研修会基礎研究(グループ2)を実施して」。

『日本のマンガ家 つげ義春
清水正・監修。平成25年10月。B5判上製・280頁)
つげ義春は芸術漫画家として著名。月刊漫画雑誌「ガロ」に発表された「沼」「チーコ」「李さん一家」「峠の犬」「海辺の叙景」「紅い花」「ほんやら洞のべんさん」「ねじ式」「ゲンセンカン主人」などの作品によって芸術漫画家としての不動の地位を確立した。「COMICばく」に発表した「別離」(昭和62年6月)以降、いっさい作品を描いていない漫画家としても知られている。
 日藝図書館は〈日本のマンガ家〉シリーズの第一弾として『日本のマンガ家 日野日出志』(平成23年10月)を刊行したが、本書はその第二弾として企画された。日藝図書館が蒐集し所蔵するつげ義春の単行本、掲載雑誌、研究本などをカラー写真で紹介した。また〈つげ義春の頃〉のテーマのもとに、日野日出志氏を始めとして芸術学部に勤務される先生方、つげ義春の熱烈な愛読者たちの論文やエッセイを掲載した。つげ義春の熱烈なファンは団塊の世代を中心とするひとたちであるが、つげのどこに、なぜ惹かれるのかを振り返ってもらった。同時に〈つげ義春の今〉をテーマに、私の講座(「マンガ論」「雑誌研究)を受講する二十歳前後の学生たちに課題レポートを寄せてもらい、そのうちから選抜したものを掲載した。
 私の本書刊行の狙いは〈つげ義春の現在・過去・未来〉を明確にすることであった。描かない漫画家の実存と表現の問題は、今後も重要な研究課題の一つとして残されている。いずれにせよ私は、商業ベースに乗らない実存漫画、芸術漫画を研究の対象に据えてとりあげることは大学や図書館に勤務する者たちの義務とさえ考えている。
 次に筆者とタイトルを紹介しておく。


清水正(日藝図書館長・日藝文芸学科教授)……『日本のマンガ家 つげ義春』刊行に寄せて──つげ義春との三度目の出会いから──
日野日出志(実存ホラー漫画家)……つげ義春の衝撃
近藤承神子(「るうじん」編集長時代に〈つげ義春特集〉を組む)……つげ義春の頃
横尾和博(文芸評論家・放送作家)……1968年のつげ義春
下原敏彦(日藝文芸学科講師)……つげ義春作品を知った頃
浅沼璞(日藝文芸学科講師・連句人)……原風景としてのつげ義春──俳人攝津幸彦を媒介に──
上田薫(日藝文芸学科教授)……重力と外部の現実──「峠の犬」について──
校條剛(日藝文芸学科講師・元「小説新潮」編集長)……つげ義春にあるもので、滝田ゆうにないもの
中山銀士(グラフィック・デザイナー)……つげマンガの「懐かしさ」をめぐって
大畑等(俳人)……助さん一家──奇跡の聖三角形
大川渉(文筆家)……私小説的リアリズムの源流
荒川健一(写真家)……つげマンガ幻視行
村上玄一(日藝研究所教授・小説家)……貧乏とは何か──「無能の人」について──
此経啓助(日藝文芸学科講師・宗教考現学者)……メメクラゲに噛まれるということ
五十嵐綾野(寺山修司研究家)……体が「ねじ式」になるということ
大庭英治(日藝美術学科教授・画家)……つげ義春の「絵」
猫蔵(日野日出志研究家・見世物研究家)……つげ義春・豊穣なるカオス
清水正……ウラ読み漫画術──つげ義春の「チーコ」の魅力と深さ──
小柳安夫(日藝文芸学科講師)……つげ義春の重苦しいアンサンブルドラマ──「ある無名作家」を読む
金子摩耶(日大大学院芸術学研究科文芸学専攻博士前期課程修了)……永山則夫つげ義春──『ねじ式』と連続射殺事件の関係性
牛田あや美京都造形芸術大学専任講師)……つげ義春と映画──「リアリズムの宿」から
甲田謙一(日藝写真学科教授)……つげ義春さんとカメラ
清水正……つげ義春の時間──あわいの時空をいきる──
小林リズム(エッセイスト)……つげ義春で紙のむだづかい
村上絵梨香(日藝文芸学科在学中)……歪みの旅路
山下洪文(日藝文芸学科在学中)……つげ義春を読む──生まれる以前への郷愁
以上の他に私が担当する「マンガ論」「雑誌研究」のつげ義春をテーマとする課題レポートより39編を選抜して掲載した。

『世界の中の林芙美子清水正・監修。平成25年12月。B5判並製・224頁)
平成25年度学部長指定研究の成果物として刊行された。林芙美子は四十七年の生涯を駆け抜けた詩人・小説家であるが、彼女が愛読し影響を受けた外国文学の存在は意外と知られていない。私は今回、林芙美子の代表作の中に記された詩人、哲学者、小説家の名前と作品を検証した。林芙美子が短い生涯のうちにどれほどたくさんの国内外の著作を読んでいたかが一目瞭然となった。今回の企画は第一弾『林芙美子の芸術』に続く第二弾であるが、海外の研究者の協力も得て、林芙美子の文学と生涯を世界の地平において捉える最初の試みになったと自負している。次に本書の内容を紹介しておく。

清水正……『世界の中の林芙美子』刊行に寄せて
清水正……「世界文学の中の林芙美子──林芙美子が読んでいた本を探る」
浦野利喜子(林芙美子研究)……「心の旅路にルバイヤートを」
戸田浩司(日藝図書館事務課長)……外国語に翻訳された林芙美子作品目録
小林リズム……漣波〜満たされない女たち〜
穴澤万里子(日藝演劇学科準教授)……フランシス・カルコの『巴里の夜』に寄せて
山下聖美(日藝文芸学科准教授)……日本を越え出る林芙美子の文学〜アジア各国における林芙美子研究の実践〜
久保卓哉(福山大学名誉教授)……林芙美子・哈爾濱・奉天・上海・杭州の旅──昭和5年初めての満州・南支行──
スーシー・オング(インドネシア大学大学院日本地域研究科講師)……文学者と文芸銃後運動 日本軍政期インドネシアにおける林芙美子の足跡
加藤絢子(日本学術振興会特別研究員PD)……林芙美子がみた「オタス」エレナ・A・イコンニコワ(国立サハリン総合大学教授)・アレクサンドラ・S・ニコノワ(アジア・アフリカ文学研究者)……ロシアにおける林芙美子・翻訳と批評
李文茹(淡江大学日本語文学科助理教授)……植民地ではない風景を求めること・描くこと──林芙美子の「台湾風景」をめぐって
嚴 美(日藝文芸学科卒)……林芙美子と〈朝鮮〉〜韓国における林芙美子の研究の現在
フィトリアナ・プスピタ・デウィ(国立ブラビジャヤ大学講師)……林芙美子の小説『浮雲』における太平洋戦争の戦時中・戦後の平民女性のフェミニズム
清水正……林芙美子の『浮雲』と『罪と罰』について
平岡敏夫筑波大学名誉教授)……林芙美子が見た中国(戦前)─「北平の女」「北京紀行」「上海の女」─
土野研治(日藝音楽学科教授)……林芙美子の古里〜『浮雲』から聴こえる音楽から〜
佐藤洋二郎(日藝文芸学科教授)……林芙美子と神社
此経啓助……『放浪記』『浮雲』にみる「放浪」
中村文昭・クリハラ ・鯉渕史子・小山博史……『要の文学者』─詩と小説の統合とは?(林芙美子座談会)