ユッキーの紙ごはん(連載21)
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【あなたもわたしも】
ユッキー
居酒屋でアルバイトしていた時、ある常連の男性客に1年間ほどアプローチを受けていた。男性客といっても、彼は私より一つ年下だったし、何より全体的に幼かったので、「男性」というより「男の子」だった。
そんな彼は、外見が悪いというわけではないし、性格も懐っこくてそれでいてある程度は礼儀正しく、本当に、別に悪い子じゃなかった。私の住んでいる場所およびその居酒屋は埼玉の僻地にあり、彼は東京の実家から一人で出てきて仕事を頑張っていたようだ。
それでも私は彼と付き合おうとは思わず、居酒屋の他のスタッフたちも「あいつはやめておけ」と言っていた。
不思議な話のようで、そうじゃない。要するに彼は「誰でもいい」のだろう、というのがありありとわかるのだった。証拠に、私がその店に入る前にも他の女性アルバイトにメールアドレスを聞いていたらしい。だから私も、いくら彼が情熱的な言葉をくれても、いつも「またまたー」と流していた。
彼に好意ある言動をされるたび、ストレイシープという単語が浮かんだ。
迷える子、ストレイシープ。ご存知の方も多いだろう、三四郎が、思いを寄せる女性・美禰子に囁かれる言葉だ。
自分の夢を両親に反対され実家を飛び出し、知り合いのいない土地で夢を追いかけながら一人で働いている。彼はそんなことを語り、「寂しい」と言った。このあたりで電車に乗ると外の景色ずーっと田んぼ。何もない。最悪の場所だ。
そんな愚痴を一通り言ったあと、あるいは合間に、「あなたが好きです」と言う。彼は「本気で好きです。俺は本気です」と繰り返していた。
ストレイシープ。彼は迷える自分の手を引いてくれる存在が欲しいだけだった。「私」のことが欲しいわけじゃない。
自分の行く末が見えない不安を恋愛に託すのは、悪手だとは思うけれど正直「アリ」だ。もしかしたらそこから新しい希望が見つかるかもしれない。
だけど言う相手を間違っている。
だって私もストレイシープだ。2人で情けなく傷を舐めあいながら迷うのは、悪手どころの話じゃない。だから彼にいつもこう返した。「言う相手を間違ってますよ。私そんなに良い女じゃありません」
最初に出会ってからおよそ1年後、いつもの返しをされた彼がとうとう健気さを失ったらしく、「みんなそう言うんですよ。体のいい断り文句だ」と拗ねた。
なんだか苛立って、つい。
「あなたがみんなに同じことを言われるのは、あなたがみんなに同じことを言っているからじゃないですか?」
今でも、言い過ぎたかもしれないと思う苦い思い出。彼への言葉は、自分自身の嫌いなところへの文句と同じだった。
逃げたがりのストレイシープの目を向けられるのが怖かった。必死に抑えている自分を鏡に映して見るようだったから。
その後、私がアルバイトを辞めたことで彼と会うこともなくなった。
知り合いのいない土地で電車に乗って、延々と続く田んぼの景色を寂しいと思わなくなった彼になら、もう一度会いたい。
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