小林リズムの紙のむだづかい(連載153)

 
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紙のむだづかい(連載153)
小林リズム

【歯医者嫌い】
 
 目でも耳でも胃でもなんでも、具合が悪いとすぐに病院へ行くほうなのだけど、そのなかで唯一は足を運びたくない病院が歯医者なのだった。あの耳を突くようなキーンという音も、ごりごりと歯を削っている感触も、ホースをくちに突っ込まれるのも、何をとっても不快に感じて好きになれない。そうやって足を遠ざけたい場所にも関わらず、祖父の家が歯医者なので、治療代をチャラにするためにわざわざ遠くまで通わないといけないというのもまた億劫で、歯医者へ通う間隔が徐々に空いていくのだった。

 たいていあの診療台に横になると「痛かったら手をあげてね」と言ってくれるのだけど、根が臆病だった幼いわたしはイヤなことをイヤと言えず、一度も手をあげて痛みを自己申告したことがない。決して痛くなかったわけでなはくって、むしろホースで水分を吸い込まれすぎてくちのなかがカピカピになったり、器具が歯茎に当たり続けて痛かったりの連続で、ひたすら耐えるしかなかった。
 天井にはまぶしい蛍光灯が光っているのだけど、なぜだか「目を瞑った顔をひとに見せてはいけない!」というポリシーがあって、ずっと目を開け続けていた。唇が裂けるのではないかというくらいに乾燥し、まぶしくて半目状態、おまけにくちのなかまでパッサパサな状態をキープしているのでとてもしんどい。

 それなのにわたしがなぜ歯科助手のバイトを始めたのかというと、ピンクのストライプエプロンとセットの白衣が可愛かったということと、割りのいい自給だという目先のキラキラに惑わされた結果だった。我ながら安易だよなぁと思う。けれどそうやって歯科助手をはじめて思ったのは「くちのなかってとんでもなくプライベートな領域だよなぁ」ということだった。言葉を発する場所、ものを食べる場所、呼吸をする場所、生活の大部分をしめる出入口になっている口。ふつうに暮らしていて奥歯やのどの奥を見ることなんてなかなかないし、見せたこともない。そんなセンシティブな場所に堂々と光を当て、削ったり型を取ったりし、他人様に公開するなんて。そこにゴム手袋をした指で遠慮なく突っ込む歯医者って、やっぱり経験を積んでいるのだ。

 会社帰りの綺麗な女性や、強面のお兄さんが、診療室の椅子で大きく口をあけるアホ面をみると口元がゆるんでしまう。「この人怖そうな顔してるのに、くち開けるとけっこうおもしろい」とか「このお姉さん綺麗なのに鼻毛が見えそう」とか、無防備な状態の患者さんを前に心の中で好き勝手に突っ込んでいたのだった。
 幸い、マスクをしているのでどんなにニヤけても問題ない。わたしは患者さんの喉の奥である闇の入り口前ににぷるんっと存在するものを眺めるのが好きだった。なんでこんなところに変な形のものがついているんだろと人体がバカバカしく思えてきて笑ってしまう。そんなふうだったからすぐに失敗した。

 患者さんのくちにホースを突っ込んでいるとき、奥のほうの水を吸い取ろうとして、間違えてのどちんこを吸い取ってしまったのだった。見れば見るほどぷるんっとしていて不可解なそれを、わたしはいつかホースで吸い取ってみたいと心のなかで思ったことはあったけれど、まさかこんな不慮の事故みたいな形で実現するとは思わなかった。ぷるぷるっと一瞬だけホースにのみこまれたそれが面白くて、何度も繰り返したくなったのだけど、患者さんがオエッと喉をならしているのをみてやめた。

 それからちょっとして歯科助手のバイトは辞めてしまったのだけど、今でもしゅこっとホースにのどちんこが吸い込まれた光景を頭のなかでリピートしては思い出し笑いをする。なんかよくわからないけれど、すごくシュールで間抜けで、個人的にツボなのだ。

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