小林リズムの紙のむだづかい(連載150)

 
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小林リズムさんが八月九日「ミスID」2014にファイナリスト35人中に選ばれました。
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紙のむだづかい(連載150)
小林リズム

【それだけじゃお腹が空くわ】
 
 「久しぶりに実家に帰って、犬を散歩しながら夜道を歩いた。そばかすみたいに小さく散りばめられた星を見ていたら、頭のなかでジュディマリの曲が流れた。「思い出はいつも綺麗だけど、それだけじゃお腹が空くわ」の部分を何度もくちずさんでみる。

 高校生のころ、好きだった男の子とちょうどこの道を歩きながら電話をしたことがあった。川の流れる水の音と、風の音しかしない静かな夜だった。なにをしゃべったのかは覚えていない。ばかみたいだけれど何か大きなものに祝福されているように感じる幸せな時間だった。たった1回のその夜の記憶を、21歳になった今も繰り返し頭のなかでリピートして思う。本当に思い出はいつも綺麗だ。でも、それだけじゃ足りないし、お腹が空く。擦り切れそうなくらいにリピートしたくなる、ああいう夜をいくつもつくりたかった。未来も過去も野放しにできる今をつくれないのなら、生きている意味がない。」

 去年の夏に自分が書いていた日記を読み返して、1年って早いなぁと思い、同じくらいの強さでものすごく昔のことみたいに感じた。確か目の前の進路に迷っていて、何かをひとつずつ選択するたびに自分の世界が狭まっていくような気がして、そこから逃げるようにして一時期実家に戻ることにしたのだった。けれど次第に何も心配することがない安定した実家生活が退屈で、このままなんとなく生きていくのかと思ったら怖さしかなかった。わたしがつくってきたものではない、両親がつくりあげてきた絶対的安全地帯に身を沈めることは、夢のなかで生きているようなものだった。ここにいたら、わたしはわたしの人生を歩めない。切り開けない。そうやって怯えながら自分を絶対に裏切らない安住の地に甘えてもいた。どうしてこの場所を離れることができるのか。こんなに安全なのに。

 そうやって過ごす実家での生活は何をやっても満たされなかった。いつもお腹がすいているみたいに何かを欲しがった。幸せな環境を持て余していたのかもしれない。わかっていたからその世界から脱出したいと思いながらも、強く自分を引き留めていた気がする。わざわざ外の世界に飛び出して傷つく意味。ケガをする意味。踏みにじられる意味。蹴り飛ばされて何クソと反骨精神を持つ意味。それらすべての解答を見つけ出せないと、踏み出せなかったのだ。

 だから「結局リズムは何がやりたいの?」と先輩に聞かれたとき、答えられなかった。「傷つきたくないのは十分わかったから」と呆れた顔で言われて正直ちょっとショックだった。同情されると思っていたのだ。わかる、わかるよその気持ち。傷つきたくないよね、怖いよね、って言ってほしかったのだと思う。うーんと黙り込んでいると
「傷つかないために生きてるんじゃないでしょ?」
と言われた。その言葉がわたしにとっての決定的なセリフだった。そうだった、わたしは別に、傷つかないために生きているんじゃない。じゃあ、何のために?欲しいものがあるから?…と聞かれても、ちょっとまだわからない。けれどたぶんこれから先、傷だらけになるかもしれない。ただでさえ性格は良くないから、嫌われたり拒絶されることもあるかもしれない。傷口の上から踏まれることもないとは限らない。きっとわたしはのたうちまわる。そしたらそのとき思い切り苦しもう。そして「わたしは傷つかないために生きているんじゃない」っていうことを、思い出そう。少なくとも、お腹をすかせるために生きているのではないということを。 

小林リズムのブログもぜひご覧ください「ゆとりはお呼びでないですか?」
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