小林リズムの紙のむだづかい(連載145)

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紙のむだづかい(連載145)
小林リズム

【馬鹿にしないでよ】
 

 実家にいたころ…つまり高校生までなのだけど、お父さんがたまに会社帰りにコンビニとかスーパーへ寄ってお土産を買ってきてくれていた。お土産はアイスだったりプリンだったりとデザートで、お父さんが玄関でビニール袋の音をたてて帰ってくるときだけ、わたしたち姉弟は大歓迎で父の帰りを迎えていたのだった。
 そうでない日も母が「ねぇ、何か甘いもの食べたくない?」とわたしたち姉弟をそそのかし、そろそろ帰ってきそうな父の携帯に電話をする。
「ねえねえ、アイス食べたい」
「えー、お父さんお金ないから無理」
「やだ、食べたい。買ってきてね」
ガチャン。と一方的に電話を切るのが恒例で、なんのかんのと文句を言いつつもお父さんはなけなしのお小遣いで必ず買ってきてくれたのだった。

 …と、こう書くとなんだかものすごく良い家族みたいに思えてくるのだけど、その父の「お土産」で困ったことがあった。あれは中学生くらいだったと思う。オレンジレンジとか、EXILEなんかが流行っていて、文化祭にはゴリエのミッキーが流れていたころだった。

 その日、父が帰ってきて「はい」とわたしに渡したのは、レンタルビデオ屋さんの黒い布バッグだった。お団子だとかエクレアでないお土産に不思議に思いながらも、堂々と、ちょっと誇らしそうな顔でそれを渡されたのでなんだろうと開けてみると、なんと山口百恵のCDだった。ジャケット写真の山口百恵の憂いを帯びた瞳をみて、わたしは一瞬かたまった。おそらく父は、わたしが山口百恵のCDに「えー、山口百恵だぁ!うそぉ!嬉しいー!」と歓喜の声をあげて喜ぶと思ったのだろう。「年頃の娘にCDのレンタルをお土産にする父」という一見イケているようなシチュエーションがやりたかったのかもしれない。
 だけどわたしは、ただただ衝撃だった。山口百恵…。少なくとも同年代の友達のなかでCDを借りて聞いている人はいないし、カラオケで歌っているのも聞いたことがない。みんなもっと時代を先駆けるような「いえぁ!」みたいなノリの曲を聞いているのだ。山口百恵はとてもじゃないけれど「いえぁ!」なんていうキャラではない。けれど父は何を勘違いしてか「どうだい?嬉しいかい?」とアメリカ映画ばりの家族思いのパパになりきっている様子なのでわたしは「ちょっと時代が…」なんて言えず「…あ、山口百恵…?イイネ…ありがとう」と全力の笑顔で応えて娘らしさを発揮したのだった。

 まあ、そのCDのおかげで山口百恵のプレイバックPart2は今でも歌える。時代をひきずって平成生まれの女の子が中学生のころに山口百恵を繰り返し聴いていたなんて、ちょっとイケてる気さえしてきた。真紅のポルシェも持っていないし海岸通りをドライブする恋人もいないけど、馬鹿にしないでよ。

小林リズムのブログもぜひご覧ください「ゆとりはお呼びでないですか?」
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