小林リズムの紙のむだづかい(連載134)

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紙のむだづかい(連載134)
小林リズム

【一生忘れないデート】
 

「よかったら今度いっしょにコーヒーでも飲みませんか」
という誘われ文句が小説的で素敵だと思って、話に乗ったことがあった。大学2年生の6月だったと思う。そのときわたしは大赤字でつぶれる寸前の小さな情報誌をつくっている会社でアルバイトをしていて、彼はそこでいっしょに働いていた人だった。在学中なのに休学して、東京を体験したいと鹿児島から上京してきたという。2歳くらい年上だった。

 「僕は何時でも大丈夫ですが、待ち合わせは何時がいいですか?」と聞かれたので、もっとフレンドリーににコミュニケーションをしようと「朝の5時はどうでしょう?笑」とメールの返信をすると、あっさりと「わかりました」と送られてきたのでかなり慌てた。そんな時間に行ったってどこのコーヒー屋さんも開いてないし、電車だって始発に乗らなければいけないし、そもそもそんな早朝にいく意味…と自分で提案して自分で突っ込むというむなしさの極地にたったのだった。もしかしたら彼には冗談が通じないのかもしれない…、そんな不安がよぎった。

 待ち合わせ場所は吉祥寺だった。合流して早々彼は「僕、女の子とふたりで出かけるのは初めてなんです」と告白してきた。突然の発表に内心びびりつつも「へぇ、そうなんですか…」としか言えないわたしに彼は「だから昨日、下見をしてきたんです」と吉祥寺ガイドブックを見せつけてきたので絶句した。かなり嬉しそうな顔をして「ここです」と指をさす目的地のコーヒー屋さんのページには、ピンクの付箋が貼ってあった。観光しにきたわけでもないのに、このマップを広げていっしょに歩くのか…と、思ったらめまいがした。

 正直なところ、わたしはコーヒー屋さんなんてどこでもよかった。吉祥寺にはたくさん喫茶店があったし、そこまで舌がこえているわけでもないし、どこのお店を選んでもよかったのだ。けれど隣で意気揚々と張り切る彼を前に、何も言えなかった。そして、わたしは致命的なくらいの方向音痴なのだけど、彼も致命的なくらいの方向音痴だった。だからいくら歩いても目的のコーヒー屋さんにたどり着かない。「あれ?ここはどこですかねぇ?」と困った様子でガイドブックを眺めている彼とは、かれこれ2時間以上もひたすら吉祥寺を歩き続けていた。ヒールで足が痛くなっても、歩きすぎて汗だくになっても、コーヒー屋さんは見つからない。
 今でこそ「もう、そこらへんの喫茶店でいいんじゃないですか?」と言えそうなわたしだけれど、当時は思慮深く遠慮深かったので、どうしてもその言葉が言えなかったのだ。発せない言葉は内側で熟成され、次第に苛々してきた。さっきから同じような場所をぐるぐると旋回している。疲れた。座りたい。むしろ、帰りたい。そんなわたしを察知したのか、彼は
「ここのコーヒー屋さんだと思います。うん、きっとそうです」
と、目の前にあった外観も雰囲気も違うコーヒー屋さんを、無理やりガイドブックの喫茶店だとこじつけて、お店に入っていったのだった。わたしは何も言わずにあとについていった。
 
 そこで頼んだコーヒーがどんな味だったかは覚えていない。1時間くらいそこの喫茶店にいたのだけどコーヒーの利尿作用のせいか、彼はそこで6回もトイレにいき(カウントしていた)、10回くらい「やっぱりコーヒーはブラックがいいですね」と言っていた。わたしはそんな彼をみながら、今日のことはたぶん、一生忘れないだろうなと思った。同じくらいに強く、一生この人とふたりで出かけることはないだろうな、とも思ったのだった。

 小林リズムのブログもぜひご覧ください「ゆとりはお呼びでないですか?」
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