ユッキーの紙ごはん(連載4)

清水正ブログ」でのエッセイスト、第三の新人はユッキーペンネームはいろいろ考えましたが、この名前でとりあえず、高く大空に舞い上がってもらうことにしましょう。小林リズム、星エリナに続いて大きく羽ばたいてもらいたい。

ユッキーの紙ごはん(連載4)



得してしまっ【心から愛しています】
                                           

ユッキー


昔読んだライトノベルか何かで、登場人物の少女が『オズの魔法使い』のことを「良い話だよね」と言っていた。『オズの魔法使い』では、案山子は脳味噌が欲しくて、ロボットは心を求めて、旅に出る。「心と脳が別物だとされているあたりが、ファンタジー以外の何物でもない」と、少女は言っていた気がする。

心=脳。脳で考えられたものが心。心は脳にあるものです。というのが、現代の通説だ。聞いた時、それが事実だとわかっていても、なんとなくあまりに無機質的というか非人間的な感じがして、寂しい気がする人もいるだろう。
 私もその一人で、「幽霊なんかいるわけない」と主張された時みたいに、「つまらないこと言わないでよ!」という気分になる。

私が中学生の頃通っていた塾に、20代前半の男性の先生がいた。国語の課題文にちょうどそんな話題が出ていたのか、私はふと思いついてその先生に「心と脳って同じですか?」と聞いてみた。すると先生はさも心外そうに、「違うに決まってんじゃん!」。
先生の勢いに私は驚いて、「え? じゃあ心はどこにあるんですか?」と聞いた。すると先生はちょっと首を傾げてから、自らの頭から斜め上あたりの空中をくるくると人差し指で囲って、「……このへん?」と照れ臭そうに答えた。

「なにそれ!」である。事実、私はそう言って笑った。だけどそれは先生をバカにしたわけではなく、先生のそのロマンチシズムが嬉しかったからだ。
心はどこにあるのかという質問に対して、先生がありきたりに胸を指差していたら、勝手な私は失望したかもしれない。けれど彼は、よくわからなそうな顔で空中を指差した。根拠も突拍子もない答えは説得力を持たずとも、時にひどく魅力的だ。

またこれは最近のことだが、上記した『オズの魔法使い』をファンタジーだと語る少女の話を、先輩である男性にした。EXILEにいそうな外見をしているその人は、「あー。でもさ、心と脳は別だよね」と。
意外すぎる答えにテンションが上がって、「じゃあ先輩の心はどこにあるんですか?」と聞いたら、先輩は「俺の心? ここに決まってんだろ」と笑い、自分の股間を指差した。上がったテンションは急降下。「最低!」 そう詰った私に、先輩は逆切れした。「はあ? 俺の心はここにあるんだよ! だからこそ彼女を愛しているってまさに心から言えるんだろうが!」 ……たしかに先輩には2年ほど同棲している恋人がいて、就職して落ち着いたら結婚する予定らしい。

先輩の主張に、私は妙に納た。思考を司る大切な部位である脳は、決して外界に触れない。対して、彼の下半身は恋人に触れる(私、何を書いているんだろう……)。先輩の例が下ネタというだけであって、要するに他人に直接触れることのない部位よりも、他人と触れ合う部位に心を感じるという主張は、科学的でないにしても、なかなか理に適っていると思う。

可愛い女の子が、「心がある場所? うーん、手かなあ。だって私、あなたと手を繋いでいる時が一番幸せだもん!」とか言う恋愛小説、ありそうじゃないですか?

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