金曜クラフは「同心房」で、つげ義春は「日本海」で

昨日土曜日は夕刻、柏で唯一残っている古書店、太平書林で「別離」(つげ義春作品)の前編掲載の「ばく」(No.13。昭和62年6月1日。日本文芸社)、「グリューネヴァルトの全貌」を特集した「芸術新潮」(No.398。昭和58年2月1日。新潮社)、15ポール・ド・コックの『妻の浮気』(濱野正三訳。原昭和25年1月25日。彰考書院新社)を購入して、ホッピーがうまい「日本海」へと向かった。

なぜポール・ド・コックか、といえば、おそらく知らないひともいるだろうからここで書いておくが、実は若い頃のドストエフスキーが愛読していた作家で、彼自身、その影響を受けて「他人の妻とベッドの下の夫」などを書いている。ドストエフスキーは『貧しき人々』から、男と女の微妙でシビアな関係を描いた作家であるが、初なロシア文学研究者や紹介者はあまりにもセンチメンタルに受け止めて、その現実を理解できなかったまでのことである。ちなみに、訳者の濱野正三さんは、ドストエフスキーがコックの愛読者であったことも知った上で訳している。この本が翻訳出版された時、わたしはまだ一歳、六十三年の歳月を経てわたしの手に入ったことになる。古書を買うたびに、いつも不思議な感覚をおぼえる。


一昨日の金曜日は恒例の「同心房」での飲み会。実存ホラー漫画家の日野日出志さん、「ドストエーフスキイ全作品を読む会」主催者の下原敏彦さん、文芸研究家で今はもっぱら林芙美子研究に没頭している山下聖美さん、それにこの日はわたしの三年ゼミの聴講生が加わっての飲み会。常連の山崎行太郎さんは、親友岳真也さんの会合に出席するとかでこの日は欠席。
九時過ぎになって山下さんに大学院修了生よりメールが入る。十時には今年、大学院を終了したひとたち、それに現役の大学院生が加わり、大いに盛り上がる。このように書くと単なる飲み会と思うひともいるでしょうが、実は飲み会はさまざまな企画の発案や原稿依頼など、ほとんどが各自の研究や今後の生き方に関わる重要な話が展開されているのです。

さて、「日本海」ではカウンター席に座り、ゆったりした気分でホッピーを飲みながら、つげ義春の「別離」を読み始める。掲載誌の「ばく」は全巻、日芸図書館に揃っている。今回のカタログ雑誌企画のために、つげ義春の作品は可能な限り蒐集し続けている。「ばく」は図書館長室に置いてあるから、いつでも読める。が、つげ義春の作品は図書館長室よりは場末の居酒屋で読むほうがはるかに似合っている。つげさんは「別離」を描いてからマンガのペンをとっていない。すでに二十年以上の歳月が過ぎている。こういう漫画家の作品はゆっくり、じっくり味わうにかぎる。


左隣りの客二人はどうやら編集者と物書きらしい。いろいろ七面倒な話をしているが、ホッピー飲みながらつげ義春作品を味わっている当方の耳にはどうでもいい。気づくと二人はもういなかった。「別離」前編を一時間もかけて味わったあと、ほろ酔い加減で店をでる。近頃、吉田類の酒場放浪記にはまっているせいか、飲みかたが類風になってきたのかも。