星エリナのほろよいハイボール(連載2)

星エリナのほろよいハイボール(連載2)


カメラを買う                                           

星エリナ



私が住んでいる川越市は二〇〇九年に放送されたNHKの朝のドラマ『つばさ』を機に、観光地化を進めた。蔵造りの町並み、時の鐘、菓子屋横丁はそのままに、近隣の電線を地中に生め、新しい道路を作った。市内循環バスも増えると、和雑貨屋や和菓子屋、着物屋に漬物屋までできた。私が知っていた川越市ではないみたい。
NHKのドラマは思っていたように視聴率は伸びなかったが、川越市の観光地化は大成功だった。クールジャパンの流れにうまく乗れたのだろう。小江戸川越の和は外国人からも愛されるようになった。私はその変わっていく川越市をずっと見ていた。
ある日、時の鐘の前で中年の男性がお弁当箱のようなカメラを一生懸命構えていた。なかなか時の鐘全体が納まらないのだろう。そりゃそうだ。高さ一六メートルの時の鐘を真下から構えたのでは入らない。ご立派な黒い大きなカメラがもったいない。そう思っていた。
その数日後、私は漬物屋の前で若い女性がカメラを構えているのを見た。分厚いスマートフォンくらいしかないカメラだ。白いそれを縦に構え、シャッターを押す。レンズの方向には時の鐘があった。画面を確認するとその女性は一人で頷いている。そしてカメラを首から提げると歩いていった。このときの風景を私はなんとなくいいな、とだけ思っていた。
デジタルカメラは持っていたけど、レンズの中にほこりが入ってしまって少しだけ黒い影が映ってしまうようになっていた。そろそろ、買い替えるかな。思い出すのは時の鐘を撮っていた女性のカメラだ。あれは、なんていうカメラだろう。親指ひとつで何でも検索できる時代は便利だった。すぐにデジタル一眼レフカメラだということを知った。所謂デジイチデジイチにもたくさん種類があって、私は迷ってしまった。優柔不断な面倒くさがりである私は、迷うことすら面倒臭がってカメラを買うこともやめてしまおうかと思っていた。
そんなときたまたま学校の図書館で見つけた雑誌があった。『女子カメラ』。表紙の女優はあのときの女性に雰囲気が似ている。共通点はゆるいパーマがかかった長い髪と首から提げた白いカメラだけだけど。図書館に来た本当の理由を忘れてしまうほどに私はその雑誌を読みふけった。知らないカメラ用語を知ることが面白い。知れば知るほど、写真を撮りたくなる。誰かの手のひらに転がされているような気もしていたけれど、私は二日後にカメラを購入していた。
雑誌を読んで知ったことだけれど、取り外し可能なレンズを交換することで、さらに撮れる写真の幅が広がるらしい。遠くを美しくズームして撮れる望遠レンズ、広い範囲を映し出す広角レンズ、ある一点にフォーカスをあわせる単焦点レンズ。さらにたくさんの種類があり、素人の私には宝の持ち腐れになることは間違いない。が、初心者だからこそいろいろなものを試してみたい。
そう思った私は今、次にどのレンズを買おうかと毎晩インターネットで検索をかけている。やはり誰かの糸に操られているような気もしている。