小林リズムの紙のむだづかい(連載74)

清水正への原稿・講演依頼は  qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp 宛にお申込みください。ドストエフスキー宮沢賢治宮崎駿今村昌平林芙美子つげ義春日野日出志などについての講演を引き受けます。


ここをクリックしてください。清水正研究室http://shimi-masa.com/

四六判並製160頁 定価1200円+税

京都造形芸術大学での特別講座が紹介されていますので、是非ご覧ください。
ドラえもん』の凄さがわかります。
http://www.youtube.com/watch?v=1GaA-9vEkPg&feature=plcp

http://www.youtube.com/user/kyotozoukei?feature=watch

紙のむだづかい(連載74)

小林リズム

【女一人暮らしなんてたかが知れてる】


 「女の子は、お風呂で鼻歌をうたっちゃいけないってお母さんが言っててさ」
と、同級生が言ったとき私は制服のスカートでぬれた手を拭いていたから、場所はたぶんトイレから出たあとの学校の廊下だったと思う。女の子がお風呂で鼻歌をうたうのをクセにすると、一人暮らしをしたときに変な人に目をつけられたりしたら危険だから、というのが理由らしい。それを聞いたとき13歳だった私は「なるほど〜!」と感銘を受けて、自分も気を付けようと心に思ったのだった。
 あれから10年が経った。
「いやぁ、一人暮らしって快適!あまりにも開放的だから家のなかではパンツで過ごしてるよ」
と話す私に「ねぇ、捕まるからやめなよ」と諭すお母さん。さすがにそんな恰好で表に出ることなんてできないから、一人暮らしをはじめてから私はインターホンに出たことがない。「女の子の一人暮らしで、危険だし…」という言葉にかこつけて、実は服を着るのが面倒くさいのと、髪の毛を整えたりして取り繕うのが疲れるというしょうもない理由なのであった。

 そんな私の家に、まさかのおじいちゃんが突然訪問してくるという出来事が起こった。私はそのとき目を患っていて、他人はもちろんのこと自分にも見せたくないようなグロテスクな顔になっていたので、おじいちゃんに電話で「今お前の家の前にいるんだけど、いないのか?」と聞かれたときに発狂しそうになった。おじいちゃんには目の調子が悪いことは伝えてあって心配してきてくれたみたいなのだけど、あまりにも唐突すぎてなんてデリカシーがないおじいちゃんなんだろうと怒り心頭だったのだ。私はうんざりしながら玄関のドアを開けたのだけど、いるはずの祖父がそこにはいない。「ねぇ、いないじゃん。どこにいるの?」と聞くと「ここはお前の家じゃないのか…」と電話口に茫然とした返事が聞こえたのだった。
 どうやらおじいちゃんは、私のマンションとは別のマンションの同じ号室の前で、インターホンを連打していたらしい。
「だけど、お前がインターホンに出ないってことを思い出したから、部屋の前で“おじいちゃんだよー!おじいちゃんだよー!”って何度も叫んだんだよ…。でも物音はするのに出てこないから…」
という話を聞いてびっくりした。そりゃあ、しつこくインターホンを押されたあげく、見知らぬ老人が自分の部屋の前で「おじいちゃんだよ」なんて連呼しているとしたら、怖くてドアを開けようとなんて思わないと思う。

 そんなこんなでこれから先もインターホンに出る気はさらさらなくて、居留守をつかうのもプロ級にうまくなった。とはいえベランダで洗濯物を干すときには下着の周りをタオルで囲って隠している自分に乙女心を感じたりなんかして、まだ自分の羞恥心も捨てたもんじゃないと思ったりしつつ、パンツにノーブラTシャツの一人暮らしはやめられないのであった。