小林リズムの紙のむだづかい(連載51)

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紙のむだづかい(連載51)


小林リズム

【赤沢マナミは女優です】


 私には、別名がある。そういわれるとペンネームだとか源氏名を連想するかもしれないけれど、それとはちょっと違って捨て名というやつだ。

 「赤沢マナミ」という名前を思いついたのは、高校生のときだった。当時友達が好きだった人の苗字が赤沢だったのと、マナミはなんとなくだった気がする。実際にその名前を活用したのは大学生になってからだった。「知らない人についていっちゃいけませんよ」と親にも学校の先生にも教わって育ったから、健全にそれを守ろうとする名残…というのはこじつけかもしれないけれど、とにかくお酒の席で知り合った初対面の人には、本名ではなく赤沢マナミを名乗るのが習慣化しているのだった。けれど、その名前を私はひそかに自分のなかで活用していた。

 一番はじめにマナミに助けてもらったのは、車の免許をとるときの講習で行われた救急救命のときだ。横たわった人形に「大丈夫ですかー!聞こえますかー!」と必死の形相で声をかけて人工呼吸をするあれ。私はあんなに恥ずかしいことが、どうして真顔でできるのだろうと不思議でたまらなかった。なんでみんながいる前で、人形に向かって話しかけ、人工呼吸までしてやらなければならないのか。こんな茶番を素面で真剣にやれなんて…ねぇ、嘘でしょう?嘘だと言って…?と、とてもじゃないけれど信じられないのだった。やたらとなりきっている教官の迫真の演技を前に、同じようにやれとは拷問だ。しかし、免許はほしい…。
 そんなときにマナミが降り立った。「大丈夫、私は赤沢マナミ!」かくして私は心の中で、私はマナミ!小林じゃない、マナミ!マナミなのよ!と思い込むのに成功したのだった。ついでに「目の前に横たわっているのは人形じゃない。マナミの恋人役のサム!サムが倒れている!」という妄想までしたおかげで、私は「もしもし?もしもし?大丈夫ですか?」と深刻ぶりながら精一杯人工呼吸をし、ベコベコとサムのあばらの間を押すことができたのだった。…まあ、道端で倒れている他人が恋人のサムという設定には無理があるのだけれど、マナミは細かいところは気にしないのだ。そしてサムがマットな肌で、目の色がどう見ても日本人っぽいところとかもマナミはどうでもいいのだった。

 マナミは就職活動シーズンに大いに働いた。「私の長所は前向きで切り替えが早く…(キラッ)」「学生時代はさまざまなことに挑戦し…(キリッ)」こんな自分の押し売りアピールみたいなこと、とてもじゃないけれど被らないとできない。おかげでマナミは私よりも3割増しくらい充実した素晴らしい学生生活を送っているし、4割増しで物事に対して思慮深く素直で優秀なのだった。

 しかしいくらマナミといえど、人間なのでボロが出るし失敗もする。テイク2あたりもらうと、彼女はもうやる気をなくす。基本的に継続力と忍耐力がないので難しいことにはスパッと見切りをつける。これをマナミは「ゆとり世代だから仕方ないの〜」と言い訳している。よって努力をしないマナミは自信がない、けれど自信があるように振る舞うことには長けていて、上から目線の傲慢女子として…気づくとマナミは紛れもなく私になっていたのだった。赤沢マナミ、22歳。現在無職。趣味は人から好かれることの研究。紆余曲折を経て物事に対して少しずつ妥協したり、適応できるように成長したい発展途上中。欲しいものは愛とお金。お金より先に愛をもってきたことに、意義があると思っている。