小林リズムの紙のむだづかい(連載45)

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紙のむだづかい(連載45)


小林リズム

【階違いの恋 後編】

 急いで自分の住んでいる部屋のひとつ下の階に駆けつけてみると、水道屋さんがペンチだとか梯子だとかを出しててんやわんやしていた。
「あのー、上の階の者ですけど…」
と声をかけると、水道屋さんに「お仕事のところ悪いですね…」と申し訳なさそうにあやまられたので「はい…」としか言えなかった。「大丈夫です、無職なので」くらいに笑顔で返せばよかったのかもしれないけれど、ユーモアとかジョークだと勘違いされたらと思うと小さなプライドが邪魔をしたのだった。
「それで、水漏れをしてご迷惑をおかけしてしまったお部屋のほうは…?」
心配しているふうを装って聞くと、水道屋さんは苦笑いで「こちらで…」とドアを開けたのを見て私は茫然とした。
 部屋が、汚すぎる。靴箱に入りきらない量のパンプスだとかブーツが玄関に散乱していて、生ぬるい熱気と一緒に甘ったるい匂いが部屋に充満している。私と同じ間取りの狭い部屋なのに、奇形な雑貨がたくさん散らばっていて、足の踏み場がなかった。ていうか、あれだ。階違いの恋ってなんだ、住んでいるのは明らかに女性だった。

「なんか〜天井から水が漏れてきて〜、たぶんあなたの部屋のトイレの部分だと思うんだけど〜、そしたら漏電もしちゃって〜」
と年増のギャルっぽい女性がチャーミングに話しているのを聞いて、いや、これもう水漏れとかどうでもいいレベルでしょ、香水ふりまく前に換気したら…?とはさすがに言えず、「そうなんですかー、ハハハ、人生って何があるかわからないですネ〜」としか返せなかった。ドラマチックな展開なんて期待するもんじゃない。私は塗りたてのリップを歯で噛みながら愛想笑いをしていたのだった。

「ちょっと原因がわからないので、お宅を見せてもらってもいいですか?」
水道屋さんが聞くので私の部屋に招待すると、お風呂場の排水溝を開けたりしてあらゆる場所を点検し始めた。あれ、トイレの掃除を最後にしたのいつだっけ…という記憶をたどっている最中にふつうにトイレのふたを開けられて、もういいやと腹をくくった。水アカがあろうと、毛が落ちていようと、下の階の年増ギャルよりはマシに違いない。もうなんでも好きなようにしてください。
 ちょうど勤めていた教祖会社の資料を集めているので、机に退職届だとかパンフレットだとかが机に散らばっているけれど、ホットペッパーとかジョブなんちゃらの冊子が置いてあったりするけれど、汚臭はしないはずだ。

 3時間くらい経って、水道屋さんに「ここの床を開けて確認をしないといけなくて。今週中でご都合がいいときありますか?」と聞かれたとき、「あぁ、明日でも明後日でもいいですよー」とインスタントラーメンを食べながら求人情報を眺める私は、彼らの目には無職の女として映っただろうなと思うのだった。