小林リズムの紙のむだづかい(連載31)

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紙のむだづかい(連載31)


小林リズム

【見えないとわからないのか、わかると見えるのか】

 うちのお母さんは鬱だ。こう書くと深刻そうで重そうな感じがするのだけど、私たち家族のなかでは「病むのが趣味」ということになっている。それにかなり、都合がいい鬱なのだ。洗濯物をするときに「あぁ、頭が痛くて…」と父に頼んだり、海外旅行を楽しんで帰ってきたあとに「具合悪くて…」と寝てしまう。私が引っ越すときにお金の話をすると「お母さん鬱だからそういう話は聞きたくない」と一蹴される。電話ではくだらなくて下品な話をしてきて、話し終わると「あ、おなか痛い。トイレに行ってくる…」と言って一方的に電話を切ってしまう。あ、これは関係ないか。
 確かに母が鬱になった頃は、音信が途絶えたり、わめいたりして大変だった。「ご家族の協力が必要です」みたいなことを言われて、私までよくわからないクリニックに連れていかれ「あなたも鬱かもしれない」と診断されたりもした。冗談じゃない。そういえば、そのとき私も精神科の医者に何か薬を飲んだほうがいいと言われたのだった。「飲むとラクになるから」って言っていたけど、途端に「ダメ、ゼッタイ」っていうあの有名なポスターのコピーが頭に浮かんで、医者の顔が裏路地でドラッグを勧める人にみえて断ったのだった。とにもかくにも、母は今も精神安定剤抗鬱剤、それから花粉症の薬を飲んでいる。

 そんな病み係の母とは対照的なのが、祖母だ。いつも勝気で強気。年齢が70歳だということを絶対に公表したがらないし、それを人に言おうものなら激怒する。そのくせ映画館や美術館のシニア割引には目がない。「私は老人会サークルで活躍してるの」といつも自信満々だ。最近ではスマートフォンが欲しいそうで、やたらと「スマホンに替えたいんだけど…」と相談してくる。スマホンって、ゾマホンじゃあるまいし。そんな祖母は、毎晩お酒を飲むことが原因なのか、モツや筋子などコレステロールが高いものが好きなのが原因なのかは知らないけれど、高血圧の薬を飲んでいる。ピンクの長細い薬らしい。

 あるとき母の薬が見当たらないことがあった。「ママ、あたしの薬知らない?カプセルので長細い、抗鬱剤の薬なんだけど…」と母が聞くと、なんと祖母が間違えて飲んでしまっていた。「まあ!あたしが飲んじゃったのね!」とケロッとした顔の祖母。それを見て爆笑したという母。そんな話を聞きながらちょっと疑問に思う。「あれ?抗鬱剤ってどんな役割するんだろう…?」まあいいや。母には薬が必要だったし、私にはそうじゃなかった。同じようにみんなには職が必要だったし、私にはそうじゃなかった…?と考えようともしたけど、母にも私にもその他の人にも、生きていくのにお金が必要なことにはかわりないのだった。