小林リズムの紙のむだづかい(連載14)

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画・кёко

紙のむだづかい(連載14)
小林リズム

◆潮時

 道を歩くふたりの男女。路上でスーツを着た男性がマジックを披露している。
「ちょっと見て行かない?」と男性。女性は可愛らしくウン、と幸せそうな笑顔を浮かべてついていく。
 ここぞとばかりに、マジシャンが近付いてきて、この男女に絡み始める。ハトを出し、トランプマジックをし、いよいよクライマックスというときに、マジシャンが帽子のなかから小さな箱を出し、男性に手渡す。それを受け取った男性は、くるりと女性のほうに向き直って箱を開ける。「結婚してください」シンプルな銀色のリングを前にして、びっくりする彼女。緊張のせいかわずかに手が震える男性。その手を握って微笑み目に涙を浮かべる女性…。
 記念日をプロデュースするという会社の動画を見て、胸を打たれた。ほおお…と、とても心があたたまる光景だった。大がかりすぎてキザで恥ずかしいけれど、これくらいの大胆さがあるほうがプロポーズにぴったりな気がする。この先ふたりが喧嘩をしても、彼女が今日の日を思い出して少しくらい優しくなれるかもしれない。
 ところで幼い頃に、ふと両親にプロポーズの言葉を聞いてみたことがあった。「そんなものないわよ」と答える母。「言ってないもんな」と便乗する父。じゃあどうして結婚したの?と質問する私に迷った母はこう説明した。「プロポーズっていうか、そろそろ潮時ねっていう話しになったのよ」。すると父も「お母さんがしつこいから、潮時だなぁって言ったんだよ」と言う。『潮時』という言葉の意味を知らなかった私は、買ってもらった子ども用の辞書で調べたのだった。けれど、『物事を始めたり終えたりするのに適当な時期』という漠然とした答えが出ていている辞書を読んでも、まったくイメージがわかなかった。
 潮時の意味がわかったのは、大学生になってからだ。両親の結婚記念日と自分の誕生日を考えてみたらかぶっていたのだ。妊娠は十カ月、私の誕生日は三月、両親の結婚記念日は七月。結婚している前に私がお母さんのおなかにいるじゃん!と気づき、思わず弟に電話をした。「ねぇ、知ってた?うちってデキ婚なんだよ!」鈍感な弟は「そうなの!?」とびっくりした様子だった。
 なるほど、母が「ねぇ、デキちゃったんだけど・・・結婚するの!?しないの!?」と勢いよく父に迫る恐ろしい形相が想像できる。「そうか、デキたのかぁ・・・。そろそろ潮時かなぁ・・・」などと適当に答える優柔不断な父の返答も思い浮かぶ。
 どこの夫婦もロマンスがあり、心がじんわりとあったかくなるようなプロポーズを経験しているわけではない。私のなかでプロポーズという言葉の甘い響きが吹き飛んだ瞬間だった。