小林リズムの紙のむだづかい(連載8)

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日芸女子腕相撲大会。

紙のむだづかい(連載8)
小林リズム

◆豹変彼女


 出会ってから四ヶ月で付き合い、しかし十日間で別れたという業務用のパックのような恋愛をした。付き合ったのがクリスマス前というデキすぎた話しならば別れたのもクリスマス前という驚愕的なスピードだ。
 彼とは読書のイベントで知り合って、お互いに好きな小説の話しやらをしていたら盛り上がったのだった。煙草の吸殻が散らばって落ちている路上で、コンビニで買ったチューハイを手にしながら付き合ってほしいと言われたとき、私が最初に発したのは「え?こんな場所で言うの!?」という文句だった。返事を考えていると、彼のほうが終電間際で情けなくも慌てて帰って行った。
 彼は田舎から小説家を夢みて上京し、パチンコとコンビニでアルバイトをしながら暮らしているという。高卒でフリーター。夢を持ち続けて七年。上京してから五年。
 確かに私は恋人なるものが欲しかったし、クリスマスも近づき身も心も凍えていた。そうかと言って、適当に見繕うような魔術も持っていないし、空っぽのプライドも主張する。どうせ付き合うなら素敵な人がいい…と自分のスペックを省みず優良物件を求めて探し回った結果、味のあるボロアパート物件に引っ掛かってしまったのだ。
 帰り道、電話をしながら「とりあえずよろしくお願いします」と言ったとき、えらく冷静に自分を見ていた。私だって編集プロダクションという激務薄給で働くし、彼は二十七歳にもなってフリーター。今から正社員の道を探すにしても、学歴がなくアルバイト経験しかない彼を、いったいどこが雇ってくれるというのだろう。極め付けに夢であるという小説家も、彼にとっての逃げ場にしか見えなかった。とは言え私だって同じだ。これからの展望もよくわからないのに、曖昧な自分の可能性を信じ続ける。可能性にすがるなんて、逃げているだけかもしれない。そんなふうにふたりとも味を薄めた夢を追い続け、極貧生活のなか寄り添って生きて行くのだろう…ささやかで地味な生活。果たしてこのふたりの恋愛も、そんな掴みどころのない人生のような薄くて軽いものだった。
 飛行機で知り合った年下の男の子たちと合コンをした帰り道、酔っ払いながら彼に電話をした。たかが合コン、されど合コン。うっかりしていた私はポロリとこぼし、それに対して彼が激したのだった。なんでオレがいながらそんなことをするのかとか、お前にとってオレはなんなのかとか、言われたのだと思う。それに対して私がこういう女だと知らずに付き合ってくれなんて言ったのはあなたでしょうとか、合コンごときで怒るなんてヒマなんじゃないのとか、言ったのだと思う。それまで楚々として微笑みながら読書の話しなどをしていた私の知らない一面に、彼はひとことだけ言った。「…怖いよ」。
 かくして流されるままに別れるという方向に行きついたのだった。たった一度の喧嘩でへし折れるなんて、どっちにしても長く続かなかったのだと思う。けれど確かに一瞬でも、ふたりが夢を叶えて、一緒に餃子を包んで食べるような、そんな光景を夢みたのだった。ゴミばかり落ちている汚い路上での告白を「そんな日もあったね」なんて思い出して笑い合いながら、こたつに入って話す日がくるって信じたことも確かにあったのだ。もし、これから先に彼と再会することがあるのなら、紙面上か仕事先であったらいいなと思う。