小林リズムの紙のむだづかい(連載7)

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日芸女子腕相撲大会。

紙のむだづかい(連載7)
小林リズム

◆内臓でつくられた食べ物って?

 トルコの周遊ツアーで知り合った大学院生の男の子に恋をしていたのは、十九歳生活を謳歌しているときだった。三月に知り合って以来半年以上、メールをしたり時々会ったりしていたけれど「これぞ!」という進展がなくてヤキモキしていた。
 な〜ぜ〜知り合った日から〜半年過ぎても〜あなたって手もつながない〜♪という松田聖子の曲が頭のなかで何度も再生されてしまうくらいだった。なんなの?なんで三日に一度のペースでメールをしてきて、二カ月に一回会うわけ?もっと連絡くれないのはどうして!でも付き合っていないからそんなこと言えないし権利もない。もうやだ…。と、恋する女子らしい勝てない戦闘をしていた。
 酔っ払ったときにだけ電話ができて、「私たちってどういう関係なんですかね」って言えたりもしたのだけど、それは逆効果だったかもしれない。そもそも彼は電話に出てくれることが少なかったし、酔っ払いがあまり好きではなさそうだった。おまけに彼は就職活動を目前にして焦っていた。突然ホリエモンの本を買ってきて「オレもさ、起業したいんだよね…」と言いだしたり、「お前は社長向きだって言われたんだよ」というエピソードを話してきたりした。確かに、寡黙だけれど我が強く、少し冷淡にみえる彼は会社という組織に向いていなかったかもしれない。人に教わったり指導されたりするのが嫌いだと言っていた。人から選ばれるのではなく自分で選んで決める。そういう人だからこそ気に入っていたのだけど、だからこそ私が思いを告げるという選択肢は排除されてもいた。
 一度、将来は子どもが欲しいかという話しになったことがあった。「ほしいよ。オレの遺伝子をこの世に残したいし」と事もなげにサラリとつぶやいていて、私は何も言えなくなった。そんな理由で子どもを欲しがるなんてとてつもなく冷え冷えとしているけれど、それでも好きだったのだから恋愛というのはアタマがどうかしている状態なのだとつくづく思う。彼の人間的な冷たさを温めてあげたい!とでも思っていたのだったっけ。
 ある夜彼と電話で話していて、珍しく長電話になった。夜中の二時とかでそろそろ眠たくなってきていた。私はベッドにもぐりこみながらぼんやりと電話をしていた。「内臓系の食べ物って美味しいですよね」という内容で盛り上がっていたのだった。
 「ミノって内臓のどの部分でしたっけ?」と聞くと「胃じゃなかった?」と答える。じゃあフォアグラは?というと、それは肝臓だよ、と教えてくれる。しかし睡魔との戦いにいよいよ限界に達した私の口から発された次の質問が
「じゃあソーセージは何でできているんですか?」
 だった。彼は「え?」と聞き返してきた。その瞬間、マズイ、と思った。ソーセージが何でできているかって、そりゃあブタの肉の腸詰めかなんかだったと思うけど、とにかくこの質問は品がない。私は急いで訂正しようとしたが、
「いや、あの…ソーセージは身体の一部でいうと、どの部分なのかなって…」
と墓穴を掘るような聞き方をしてしまったのだ。ササーッと電話の気配からでも音を感じるくらいに引いて黙り込む彼。ソーセージを身体の部位で表すなんて、卑猥にしか受け取れない。私はパニックになって、あー、そういえばソーセージってオイシイですよね、ウン、あたしはわりとソーセージスキナンデス、イヤ、あたしのまわりにもソーセージ好きな子イッパイいて…。とわけのわからないことを言ってしまったせいで、もうどう頑張っても取り繕えなくなったのだった。
 あのときの彼は、元気にしているだろうか。社会人になったのだろうか。ホームで似た人を見かけるたびに切なくなっていたあの気持ちも、もう思い出せない。そして私の携帯電話に彼の着信がくることは、おそらくもう二度とない気がするのだった。