『アポロンの地獄』論を執筆
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清水正の著作 D文学研究会発行本 グッドプロフェッサー
今年最後の日は喫茶店で『アポロンの地獄』論を執筆。十六年前に書きあげた『オイディプス王』論にどこまで肉薄し、超えることができるのか。三月十一日の地震、津波、原発事故と相次ぐ災難に襲われた日本は、まさにオイディプス王が統治していたテバイを想起させる。十一日の夜、原発事故を報道するテレビは繰り返し、6号機を映し出していた。が、翌日から6号機はまったく放映されることはなかった。6という数字は悪魔の数字。誰かから6号機を映すのはまずいという進言でもあったのか。いずれにせよ、日本人の大半は地震・津波そして原発事故さえ自然災害の次元で片付けがちだが、一神教を奉ずる者たちにとっては悪魔の襲撃、神による試みとうつるであろう。旧約聖書の「ヨブ記」、ドストエフスキーの諸作品、そしてソポクレスの『オイディプス王』などの次元で、今年の出来事をきちんととらえ返さなければならない。日本の総理大臣や政治家が『罪と罰』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』『オイディプス王』などを読みこんでいれば、少しは人間の深部に踏み込んだ言葉が発せられるであろうにと思うが、彼らの言葉はあまりに軽い。
ソポクレスはテーバイを襲った災厄の現状をゼウスに仕える老神官の口を通して次のように報告している。
王御自身も目にされるごとく、いまやテバイの都は災厄の嵐に揉まれに揉まれて、もはや死の大波の真底から、頭をもたげる力もなきありさま。土地の作物は実りを待たずに立枯れ、草食む家畜の群れは倒れ、女らのはらむ子は死に、こうして国は滅びへと向いつつあります。さらにそこへ襲いきたったのが、火と燃えさかる滅びの神。それは世にもおそろしい疫病となって国を荒らし、ためにカドモスの屋形は住む人を奪われて空しくなり、それにひきかえ暗いハデス(冥府)は、いまや嘆きと悲しみの声で、充ちあふれております。
この災厄の現状を報告した上で老神官は続ける「さあ、人みなその無比の力を仰ぎみるオイディプスさま、これにひかえたわれら嘆願者一同の、切なる願いでございます。なにとぞこのたびもまた、神のお声を聞かれるにせよ、人知のたすけを借りるにせよ、なんらかの救いの途をわたしどものために、見出してくださいませ。まことに、過去に試練を経た人こそは、未来のためにもまた、最も首尾よき助言をあたえるものと、わたくしは存じております」と。
ここで『オイディプス王』論を展開しようとは思わない。ただ、日本人の多くは今の総理大臣をオイディプス王に見立てて嘆願する気持ちにもなれないだろう。今まさに日本は〈火と燃えさかる滅びの神〉に襲われているその最中にあるというのに……。
今、なぜわたしが『世界文学の中の「ドラえもん」』を書いているのか、それはわたしはわたしの文学を通してしか人間と運命に関する言葉を発することができないからである。