荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載35)

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荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載35)
山口貴由
 「ビジュアル系ハードコア漫画道を覚悟して読め!」(その⑧)
●「シグルイ」に登場するキャラクターたちを紹介する


山口貴由が、「南條範夫」の「駿河城御前試合」を漫画家したい、と申し出たのは、まだ「悟空道」を連載開始したばかりの1998年、正月明けだったと言う。それは1997年、年末近くに、この分厚い文庫本を読み、戦慄の物語に打たれた秋田書店の編集者が、ちょっとした話の種としてこの本を持ち込んだ事から始まるのだ。
その文庫本を読んだ山口貴由は、やや高揚ぎみで言ったそうだ、「僕はこの作品を描いてみたい。というより、きっといつかこの作品を漫画にすることになると思います」と。
その当時は、誰もが冗談だと思ったようだが、その5年後に、「チャンピオンRED」に於ける新連載を具体的に検討する初めての打ち合わせの日、現れた山口貴由は、平然と言って退ける、「それでは、『駿河城御前試合』を始めます。タイトルは『シグルイ』が良いでしょう」と。
そして迎えた2003年9月、この耽美にして怪異なストーリーの連載が開始されるのだ。

主人公は藤木源之助、そしてその宿命、と言うより遺恨の仇に伊良子清玄、この二人を中心に描かれる残酷物語であるが、ここで、その脇を固めるキャラクターたちをご紹介しよう。「シグルイ」は、何度も申し上げているように原作付きと言う事もあり、遊びの部分は全く見当たらない。その為、いつもの独創性に富んだ変質的で病的なキャラクターは一切登場しないものの、そこは山口貴由、ただで済むはずもない。

「岩本虎眼」。虎眼流道場の当主にして剣豪、達人に域にある。現在は還暦を迎えるだろう高齢の為、最早正気ではない。舌を出し、涎を垂らし、時には失禁する。ただし、身体が、その筋肉が覚えて忘れないのだろう、剣の腕前だけは衰えるところがない。
生まれつきの畸形で、右手に指が6本ある。虎眼流の秘奥は、秘剣「流れ星」、鞘を持つ右手を、鐔元から柄尻まで横滑りさせ、刃先を伸ばす奥義「流れ」を基本形に、更に左手で刀身を挟み込む事に依って極限まで溜めた力を一気に解き放つ秘剣である。
また、虎眼のモデルは、何と原作者の「南條範夫」であると付け加えて置こう。

「牛股権左衛門」。虎眼流道場師範。師範代である源之助の兄弟子で、源之助も絶大な信頼を置いている剣豪である。虎眼への忠誠心も道場一であろう。勿論、虎眼流の奥義全てを掌握するが、それにも増して、その馬鹿力、その巨体からは想像も付かない俊敏さは追従を許さない。

「岩本三重」。岩本虎眼の美しい一人娘。源之助も、密かに思いを寄せる乙女である。ただし、時代背景を配慮する迄もなく、この幕が開けたばかりの江戸時代、しかも武士の家系で自由恋愛などが存在する訳もない。三重と添い遂げる事は、そのまま虎眼流を継ぐ事を意味する。そこには、個人的感情は不要なのだ。その意味で、三重は、虎眼流の後継者を産む為の器に過ぎないのだ。

「いく」。岩本虎眼の愛妾である。老いて尚精力絶倫の虎眼は、このいくに異常とも思われる執着をする。少しでもいくに関わろうとする者は、不遇の死を遂げるのだ。それは、老いた虎眼の悋気の為である。いくには、常時見張りが付き、いくに言い寄る者は漏れなく斬られる。菓子を貰った犬までもである。この悋気は異常である。

「徳川忠長」。二代目将軍「徳川秀忠」の三男にして、駿府城城主である。極端な残虐趣味が高じ、家中の猛烈な反対に一切構わず、真剣を以って御前試合を決行する。将軍の血縁の為、誰にも止める事は適わぬが、最後には度重なる暴挙の為に切腹を申し付けられる。

主要な登場するキャラクターはだいたい上記の通りだろう。徳川忠長は、この「駿河城御前試合」の立役者としてご紹介したまでなので、実際にこのストーリーに関わるのは、源之助、清玄、三重、いく、そして虎眼、牛股の6名である。もっと言えば、文庫本にして30ページ強の「南條範夫」の原作、「無明逆流れ」には、この6名しか登場していないのだ。


●源之助、清玄、二人に何が起こったか


虎眼流道場の門を叩く清玄。この事が、ここに登場するキャラクターたちの運命を狂わせてしまうのだが、ここで一番初めに狂うのは三重である。三重は、以前、町の雑踏の中で清玄を見ている。遠目からではあるが、それこそ吸い込まれるように、清玄の色香に囚われてしまったのだ。
源之助は三重に思いを寄せていた。雲の上の存在である、虎眼流道場の当主の一人娘である、その思いを伝える事はまかり通らない。尤も、感情を押し殺し続ける源之助が、自分の個人的な感情を表に出す事があるとは思えないが。

虎眼流道場で、清玄は源之助の鍔迫りを骨子術で返り打つも、師範である牛股には敗れる。そして、清玄は、一時は囚われの身になる。やがて、虎眼流道場の入門が許される美貌の天才は、天賦の吸収力で、あっと言う間に師範代、即ち源之助と同格になるまで昇り詰める。この事が、源之助と清玄の遺恨の始まりである。ここには、同じ師範代としての好敵手と言う意味合いはない、師範代と言う事は、虎眼流道場の跡目候補となる事を意味している。更に、その事は、三重と結ばれる事を意味するのだ。
そして、虎眼によって跡目に選ばれたのは、何と源之助ではなく清玄であったのだ。

虎眼の決定は絶対である。流石の源之助も内心複雑、否、怒り、絶望に打ちひしがれる。虎眼流道場の跡目、それよりも思いを寄せる三重を失ってしまったのだ。突然、道場に現れた珍客の為にだ。常に冷静沈着の源之助だが、その時ばかりは呆然自失となった。

ところが、清玄は虎眼に対して不義を働く。虎眼の、愛して止まない愛妾のいくと密通してしまうのだ。元々、清玄にとって三重は、出世の為の道具に過ぎなかったのだ。
この事が元で、清玄は、虎眼から厳しい体罰を受ける。牛股に背中を抉られた清玄の前に立つのは、源之助である。ここで源之助は、初めてであろう笑顔を見せるのだ。普段、感情を外に表さない源之助が、清玄を打てる溢れ出る喜びを抑え切れなかったのだ。

ここで、虎眼の流れ星により両眼を失う清玄は、残されたいくと共に消える。そして、清玄の虎眼流道場への執拗な復讐が始まるのだ。


●三重、いく、揺れ動く女心、性


これは、穿った見方をすると、三重といくの、清玄を取り巻く女心のストーリーである。そのストーリーの中では、源之助は寧ろ脇役なのだ。

まだ、いくは分かり易い。虎眼の愛妾と言う立場だが、勿論天下の剣豪虎眼に対する敬意は持つものの、それ以上の感情があったとは思えない。あくまでも囲われ者の身である。そして、余りにも強大過ぎる虎眼の力に、自分の感情すら失わざるを得ないのだ。
そこに現れた美貌の若者、清玄に、いくは惹かれながらも躊躇する。自分に触れる事は、そのまま死を意味する事を、いくは充分知っているのだ。
それでも清玄はいくを訪ねる。その持って生まれた美貌の為、通りすがりの女性まで惑わせてしまう清玄が、いくには何かを感じている、否、それは、夜鷹であった母の面影であろう。
いくは、清玄の長い髪一本一本まで、その全て愛す。自分の命を賭して愛す。清玄を庇い、焼き鏝で自分自身の乳房を焼く。虎眼からの、正に体罰を受けようとする清玄に、「お立ち会いなされませ!斬るのです!」と叫ぶ。
そして、光を失った清玄を連れ、いくは消えるのだ。清玄は、いくに母の面影を重ねたが、いくも、清玄を、まるで自分の腹を痛めた子のように愛するのだ。

三重。この壮絶なストーリーは、三重に依って作られたと言っても過言ではない。
父である虎眼を討ち、牛股を始め、内弟子たちを悉く殺め、源之助の左腕を奪い、岩本家のお家断絶まで追い込んだ清玄を、三重が憎くない訳はない。それでも、これは表裏一体なのだ。三重は、清玄が好きで好きで堪らないのだ。それは、第一景「駿府城御前試合」でも見事に描かれている。
このストーリーは、倒叙形式で描かれ、第一景でいきなりクライマックスの御前試合から始まるのだが、そこに登場する、源之助を見守る三重は、大きく見開いた目で、「斬ってくださいまし、憎い憎い憎い伊良子を」と言葉を飲み込んでいる。これは微妙である、否、これこそ、未だ清玄への強い愛情が燻っている証ではないか。

前述した通り、元々、三重は清玄の色香の虜となっている。町で、清玄を偶然見かけた三重は、一瞬にして一目惚れしてしまったのだ。その清玄が、虎眼流道場の門を叩き、源之助と試合をする姿を見て、三重は思わず「あ・・・」と声を上げるのだ。乙女にとっての、初恋の若者の姿がそこにあったからである。

そして、父虎眼が討たれる。内弟子たちも、あの牛股まで討たれる。頼みの綱の源之助の左腕を奪う。お家も断絶だ。三重にとって、清玄は仇である。しかし、そんな事よりも、三重にはもっと重き事が存在するのだ。それは、三重と祝言を挙げた清玄が、事もあるか、虎眼の愛妾いくと密通した事である。乙女の踏み躙られた純情が、源之助を動かすのだ、清玄を斬れと。

この残酷物語「シグルイ」で、最も残酷な場面がある。それは、源之助と三重が、駿河藩の武芸師範の下へ、御前試合出場のお伺いを立てに行った帰途、桜の花びらの散る道中での事である。普段、言葉少ない源之助が三重に言うのだ、「岩本家の屋敷も、虎眼流の剣名もお守りすることができなかった。しかし、三重様だけはお守り申す」と。これは、源之助、初めてのプロポーズである。そして三重だが、「汚れなき乙女は、一生に一度の聖なる瞬間と心得た」とある。そして、「この日初めて、二人の歩速はゆるやかに符号」、更に、源之助の「失ったはずの左手が指に触れるのを感じた」とまである。
この、まやかしの場面が、「シグルイ」のエンディングを絶望で括る事になるのだ。


我孫子エスパの「スタバ」で「シグルイ」を手にする荒岡保志  撮影・清水正