荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載31)

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荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載31)
山口貴由
 「ビジュアル系ハードコア漫画道を覚悟して読め!」(その④)

●「覚悟をススメ」連載終了、「葉隠」から「西遊記」へ
1996年、一大傑作「覚悟のススメ」の連載終了後に、前述した通り、特別編として読み切りエピソードを2作発表した山口貴由であるが、次に控えるのは、翌1997年、「週刊少年チャンピオン」42号から、2000年同誌18号まで121話に渡って連載された、これも2500ページを超える大作「悟空道」、山口貴由版「西遊記」である。山口貴由は、読者を武士道から一気に仏教の世界へ誘うのだ。
これも大変な力作である。

覚悟のススメ」の特別編2作を発表してから「悟空道」の連載開始まで約1年間空く。これは「覚悟のススメ」同様、「悟空道」のネームに取り掛かっていたのだろうと想像するが、この間にも、読み切りの短編作品を3作発表している。まずは、1997年、「週刊少年チャンピオン」1+2合併号に発表された「首をはねろ!」、同誌22+23合併号から2週に渡って発表された「みな殺しのアモール」、そして、同誌25号に発表された、「覚悟のススメ」のエピソード1とでも言うべき「15歳の覚悟」の3作である。

「首をはねろ!」は、山口漫画お得意の、「いつか、どこかの国」と言う設定で、一応は江戸時代で、日本のようである。
主人公は、怪物化した連続猟奇殺人犯を退治しながら旅をする、蛸を自在に操る色男「ジュテーム雪海」、何故かマグナム拳銃を持つ小坊主「カルメン冬珍」、そして女賞金稼ぎの「ギロチンお悶」である。連続猟奇殺人犯は、子供心に劣等感だけが肥大した「惨太」、巨大な、サンタクロースの格好をした怪物である。この時代、国境の交錯が、「いつか、どこかの国」と表現せざるを得ない理由なのだ。
そして、ここでも、惨太のキャラクターは凄まじい。「おまえみたいな汚らしい子は見たことないよ!」と叫びながら殺人を繰り返す。この独創性、手が付けられない。


●「ペルドン、アモール」、母に捧げる銃声の挽歌

「みな殺しのアモール」について、少しだけ語ろう。

このストーリーは日本、新宿からスタートするのだが、「SHINJUKU」と表現しているところを考えれば、設定は近未来なのだろう。囚人護送車より逃走した過剰殺人鬼「山崎」に襲われる主人公のやや鬱ぎみの女の子「野比春菜」を、ショットガン一撃で救う未だ少年の「アモール」。そのまま地下道に姿を消すアモールを、春奈は追い駆ける。
春奈は、地下の格闘技場で対戦相手を惨殺するアモールを見る。そして、地下で、再び過剰殺人鬼「埋蔵くん」に襲われる春奈を、今度は「カルチーヌ」と言う神父が救う。
神父は、スペインからアモールを撃ちに来たと言うのだ。春奈は、アモールは暴漢から私を守ってくれた恩人だ、とカルチーヌ神父に言うと、神父は、奴はたた撃ちたかっただけだ、と返す。そして二人は、アモールを追ってスペインへと飛ぶのだ。

二人はアモールの生まれた家に到着する。カルチーヌ神父は、ここで初めてアモールについて春奈に話す。
アモールは、子供の頃に、母親に惨殺されているのだ、大きな鋏で、手足をバラバラにされて。アモールは、その時の事を良く覚えている。大好きな母が、大きな鋏を持って、「ペルドン(ごめんなさい)、アモール」と言って迫るのだ。その母の大きな目は涙で濡れている。
ところが、アモールは死ななかった。身体は継ぎ接ぎだらけになったが、何とか一命は取り止めたのである。しかし、アモールは、意識を取り戻した日に、医師も看護婦も、全員をショットガンで抹殺し、消えてしまったのだ。

やがて、二人の前にアモールは現れる。カルチーヌ神父との一騎打ちが始まる。カルチーヌ神父は、アモールに、「なぜ愛の手を差しのべる人たちを殺すんだ?」と問うと、アモールは目に涙を溜めて叫ぶのだ、「ソレヲ俺ガ聞キタインダ!」と。

銃撃戦は続くも、カルチーヌ神父は追い詰められ、墓地に逃げる。傷も深い、万事休すである。ところが、そこで突然アモールの攻撃が止む。カルチーヌ神父は、今がチャンスとアモールの身体を打ち抜くのだ。
カルチーヌ神父が、アモールに駆け寄り、「なぜ私を撃たなかった?」と問うと、アモールは、「ウ、ウシロ!」と答えて果てる。カルチーヌ神父の背後には、アモールの母の墓石があったのだ。

このストーリーも凄まじい。「覚悟のススメ」とは角度が違うが、ここでも母と子の憎愛が謳われている。「首をはねろ!」の惨太もそうだ。冬珍は惨太に言うのだ、「さびしくてさびしくてたまらなくて、ママにしがみついた時、いつもそう言われたんだ」と。「だからおまえはママの言われた通りの姿になった・・・いい子だな、惨太」と。
母と子の絆、これも山口貴由が拘る主題の一つである。

また、ここに登場する二人の過剰殺人鬼、このストーリーでは脇役中の脇役で、ほんの数ページしか出て来ないのだが、この存在感、山口漫画炸裂のキャラクターである事は間違いない。
冒頭に登場する「山崎」は、複眼を持つ昆虫のような形相の怪人で、「私はアーモンド星人だ」と叫び、町を破壊する。「埋蔵くん」は、誘拐した少年少女の目玉を刳り貫き、電球を埋めると言う変質者である。「ぼくは今日、小さなお人形を拾いました。とてもよくできているけど、なんだかかわいそうだと思いました」と、日記に認める。このお人形は、目が光らないから、目を電球に変えてあげる、と言う訳だ。脇役、否、チョイ役にしてこの存在感。山口貴由、恐るべし。


●「仏契!」(ぶっちぎり!)、山口貴由版「西遊記」はヤンキー喧嘩漫画だ!

期を熟して連載が開始された「悟空道」であるが、何度も繰り返すようで申し訳ないが、16世紀の中国、明の時代に書かれた、作者不詳の伝奇小説「西遊記」をベースにしたアクション巨編である。そのストーリーも、大筋は殆ど同じと言っていいだろう、「三蔵法師」が、神通力を持つ3仙人「孫悟空」、「猪八戒」、「沙悟浄」を従え、幾多の苦難を乗り越え、経典を受け取りに天竺を目指すストーリーである。日本人でさえ、誰もが知るストーリーであろう。
ただし、そこは山口漫画である。只で済ます訳がない。「悟空道」で三蔵法師が旅するのは、天界でも亜細亜大陸でもない、それは獄界、言わば魔界である。
次から次へと現れる、これも存在感たっぷりの妖魔たちを粉砕し、天竺を目指して七つの獄界を突き進む三蔵法師、悟空、八戒、悟浄の、バイオレンス炸裂のアクション漫画なのだ。

元々、「週刊少年チャンピオン」は、番長漫画、不良漫画、ヤンキー漫画、ヤクザ漫画を得意としていた経緯がある。良く有り勝ちな、「喧嘩をしたら親友(ダチ)だ」と言う言葉も、この「週刊少年チャンピオン」が輩出した物だ。勿論、単純に喧嘩ばかりに明け暮れている訳でない、だいたいに於いて、このカテゴリーの漫画の主題は「友情」で括られる。
この「悟空道」も、悟空が三蔵法師に弟子入りを志願し、忠誠を誓い、命懸けで守る友情を超えた灼熱の愛情も描いているが、この悟空の三蔵法師への一途な忠誠心を「仏契」、即ち「ぶっちぎり」と表現している。意味合いからも、「仏」に「契る」訳だから、信仰を思わせる言葉であるが、わざわざヤンキー言葉のルビを振っているのだ。「週刊少年チャンピオン」の伝統がそうさせたのだろう。そう考えれば、この「悟空道」と言うタイトルも、「極道」を意識して命名された物だと思えて来る。

三蔵法師八戒、悟浄が、霊峰五行山に到着する場面からこのストーリーは始まる。その山は獄界の入口なのだ。そして、その五行山には、釈迦如来により500年間の永きに渡り人外大魔猿が封印されている。
人外大魔猿、悟空は、三蔵法師を待ち焦がれていた。釈迦如来からの予言であったのだ、何百年か後に、三蔵法師が五行山を通り掛かった時に、呪縛を解いて貰え、と。そして、その時は三蔵法師の弟子となり、師匠を守り天竺まで同行せよ、と。
悟空は、三蔵法師を500年間待ったのだ。

そして、呪縛の解けた悟空は、三蔵法師に弟子入りを志願し、忠誠を誓う。元々は七つの獄界の王であった悟空だが、もう同じ生き方はしたくないと懇願し、その思いが、三蔵法師に受け入れられる。これが「仏契」である。

これから、三蔵法師八戒、悟浄、そして悟空の、天竺へ向かう旅、そして七つの獄界を跨ぐ冒険が始まるのだ。

荒岡 保志(アラオカ ヤスシ)のプロフィール
漫画評論家。1961年7月23日、東京都武蔵野市吉祥寺生まれ。獅子座、血液型O型。私立桐朋学園高等学校卒業、青山学院大学経済学部中退。 現在、千葉県我孫子市在住。執筆活動と同時に、広告代理店を経営する実業家でもある。漫画評論家デビューは、2006年、D文学研究会発行の研究情報誌「D文学通信」1104号に発表された「偏愛的漫画家論 山田花子論」である。その後、「児嶋 都論」、「東陽片岡論」、「泉 昌之論」、「華 倫変論」、「ねこぢる論」、「山野 一論」などを同誌に連載する。