荒岡保志の志賀公江論(連載9)

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荒岡保志の志賀公江論(連載9)

70年代少女漫画に於ける志賀公江の役割(その⑨)


和服姿の志賀公江先生
志賀公江「燃えろ!太陽」作品論①

前回の「亜子とサムライたち」作品論で、「はつこい宣言」に並ぶ青春ドラマとご紹介した「おしゃれなシャンゼリゼ」は、1971年に「週刊マーガレット」49号から1972年10号まで連載される。タイトルから分かる通り、舞台はフランスのパリ、志賀漫画で完全に外国を背景にしたものは、読み切りの短編を除けばこの作品だけである。1974年に、同じく「週刊マーガレット」22号から31号まで連載される「花と竜」が、一応は香港を舞台にしているものの、主人公は日本人という設定で、クライマックスも日本で迎える為、外国を背景にしたものとは呼べないだろう。

これも「はつこい宣言」とほぼ同じ設定だが、主人公の「クリスティーヌ」の母が、シャンゼリゼ通りで有名ブティックを経営する「アルベール」家へ嫁ぐ、そして、父となる「ピエール・アルベール」には亡くなった先妻の子供が4人いる、その4人兄弟とクリスティーヌの恋愛を絡めた騒動、というストーリーである。長男は有名デザイナー、次男はレーサー、三男は天才オタク少年、四男はまだ12歳の元気な男の子という、「はつこい宣言」に比べるとややラブコメの要素が強い作品である。

しかし、このラブコメでも、クリスティーヌの母「イヴ」はピエールの妾扱いで、この不倫、妾というシュチュエーションからはどうしても離れられない。また、クリスティーヌはゆかり、長男の「ルイ」は「雄二」、次男の「アラン」は「智巳」と、キャラクターの性格も「はつこい宣言」と重複している。「はつこい宣言」では登場していない三男、四男、そして隣人で男所帯のアルベール家に出入りする「ジョセフィーヌ」の、コミック色が強いキャラクターは志賀漫画では初めてか。この辺りのサブキャラクターたちが、この「おしゃれなシャンゼリゼ」をラブコメと位置づけるのに一役買ってあるのだ。

そして、今回のスポーツはレース、モータースポーツである。やはり、単純にアランがレーサーである、ということだけに止まらず、ストーリー構成の中でそのスポーツがキーになっていく。その構成力はさすがだと言わざるを得ない。

そして、「狼の条件」に引き続くピカレスクロマン「燃えろ!太陽」は、1972年、「週刊マーガレット」12号から29号まで連載される。

主人公「華ノ木幸」、通称「サチ」は、横浜で「死神サチ」と恐れられた札付きの不良で、少年院から出所したばかりの16歳の少女である。そのサチが、保護観察の下、住み込みで新聞販売店に勤めるようになる、というストーリーだ。
サチの父はやくざな博打打、母は蒸発中という家庭環境で、その為、保護観察中ながら親元に戻すことが出来なかったのだ。
いきなり志賀漫画お得意の、負の家庭ドラマが始まる訳である。

新聞販売店は、人柄の良い「小山田」夫婦が経営している。小山田夫婦には、子供が二人あり、一人は15歳の「めぐみ」、通称「メグ」で、可愛い性格の良い女の子、もう一人は弟の「淳史」、素直で元気な男の子である。そして、同じく住み込みで働くのは、プロボクサーの卵である「中野勇」、通称「イサム」で、サチと同じく元不良だったが、今では見事に更生している。

サチは、メグと同じ中学校に通うことになる。年齢ではサチの方が一歳年長であるが、少年院で過ごしていた時期があったサチは、メグのクラスメイトとなる。

中学校登校の為、学用品等の買出しにデパートに行くサチは、そこでスリの現場を目にしてしまう。サチがうっかりメグにそのことを話してしまうと、メグは声を上げ、スリを未然に防ぐのだが、その為、サチとメグはスリグループに襲われ、報復を受ける。
場慣れしているサチは堂々とその報復に立ち向かうのだが、そこに、現れる青年が喧嘩の仲裁に入る。青年は「黒沢哲」、相当な資産家のようであるが、鋭いサチの嗅覚は、この男が堅気でないことに気が付くのだ。

サチが復学するに当たり、担任になる教師が小山田家に訪問する。サチは、小山田夫婦からその担任教師を紹介され驚愕する、それは、サチの蒸発中の母に瓜二つだったからだ。教師の名は「白石恵子」、勿論、年齢的にもサチの母であるはずもないが、元々教師という存在が嫌いであり、母の面影も重なる為、サチはこの白石先生に敵意を燃やす。サチの小学校の頃に、クラスで給食費が盗難に合う事件があり、やくざの父を持つサチが、担任教師から犯人と疑われたことを思い出す。その事件がトラウマとなり、以来、サチの教師嫌いは続くのだ。

サチは野原に立ち、夕日を見つめる。「夕日が燃えてる・・・あの炎はサチの命だ」、サチは続ける、「サチにとって・・・いつでも変わらずに明るくあたたかかったものはあの太陽だけだった・・・あの炎があるかぎり・・・サチはあしたもまた燃える・・・!!」と。その大きな夕日の中に、サチとメグのシルエットが飲み込まれる。この場面が、これから展開する灼熱のストーリーを象徴しているのである。

サチの初登校日を迎える。待ち構えるのは、「西条あかね」、この中学校を仕切る女番町で、PTA会長の娘、という性質の悪い設定のキャラクターである。志賀漫画に登場する主人公のライバルはこの設定がかなり占める。家庭環境に欠陥を持つ主人公が多い志賀漫画だからこそ、ライバルには逆に権力者が多くなる。これは、志賀公江のアンチ権力主義、雑草主義から派生したものであろう。

呼び出されるサチは、あかねのグループに囲まれ、煙草の火を手の甲に押し付けられ火傷を負う。この程度のグループは、サチに取ってはどうってことなかったが、ここは無抵抗で耐えるサチである。どこかで、メグに、世話になってる小山田家に迷惑を掛けたくないという意識があったのだ。

新聞販売店で業務に就くサチの左手の異変に、イサムはすぐに気付き、その火傷の手当てをする。サチも、イサムには心を開き始めているのだ。以前、マンションの工事現場で起こった投石事件で、サチが不幸な少女を庇って自分が犯人だと名乗り出たことがあったが、その際も、イサムはサチの犯行ではないことに逸早く気付いてくれたのだ。イサムは、サチの良き理解者となっていた。

淳史はサチに懐いていた。サチが博打打の父から貰ったサイコロを使って、丁半博打で淳史と遊んでいるところを、メグが止めに入る。サチに、博打打まがいのことをして欲しくなかたのだ。メグがそのサイコロを取り上げると、「かえせー!!」とサチが叫び、少しもみ合いになった形で、メグが階段から転げ落ちてしい、メグはそのまま病院に運ばれる。
サチにとって、そのサイコロは父の唯一の思い出だったのだ。

イサムは、サチに、メグの生い立ちを話す、メグの父は、殺人犯だったと。小山田家には、父と離され、養女として迎えられたのだ。メグの本当の父は、現在刑務所で服役中だったのだ。
病院に掛け付けたサチに、メグは言う、「あたしはやくざがきらいだったの、やくざの娘だからろくな人間にならないといわれるのがくやしかったの。だからサチを更生させようと必死だった、ごめんなさい、サチ」と。

サチは、病室を飛び出す。あんなに明るくて、皆に愛されるメグの父が殺人犯であった事実は、サチには相当衝撃だったのだ。前科者の娘を受け入れてくれる人がいる訳がない、サチを迎え入れてくれたのはやくざの仲間だけだった、サチにはどうしても信じられないのだ。

雨の中、ずぶ濡れになって夜の街を放浪するサチに、イサムが傘を差し出す。病院から飛び出したサチを、皆が迎えに来ている。サチは、思い極まり、イサムの胸に飛び込んで泣く。イサムは言う、「泣けよ、サチ・・・おれたちに必要なのは過去じゃない、あたらしいあしただ」と。

翌朝、サチが目を覚ますと、すでに新聞販売店の仕事が始まる時間は過ぎている。慌てて階下に下りると、小山田の奥さんと淳史がサチの持ち場を手伝っている。気持ちよさそうに寝ていたから、起こしては可哀相だ、という小山田の奥さんの配慮である。昨日起こったいろいろなことで、サチは疲れているだろう、そう考えた訳だ。

サチが、初めて人の優しさに触れた瞬間である。「おはよう、サチ」、とイサムが声を掛ける。「おはよう、イサム」と、笑顔でサチが応える。二人はそのまま新聞を配達しに出る。「がんばっていけよ」とイサム、「うん」とサチ。イサムのいう、新しい明日である。サチは感じる、「燃えてる・・・サチのあたらしい太陽が燃えてる!!」と。

ここでエンディングを迎えれば、人間不信の不良少女が本当の人の優しさに触れて改心するヒューマニックなストーリー、感動作、とでも評価されるのだろうか。ただし、この「燃えろ!太陽」は志賀漫画である、御伽噺のように、なかなかめでたしめでたしで終わらせて貰えないことはご周知の通りである。やくざの父の行方を含め、ここでは未だ謎の資産家哲、サチを学校から抹殺しようとするあかね、愛憎のストーリー、志賀漫画の本質はここから始まるのだ。
荒岡 保志(アラオカ ヤスシ)のプロフィール
漫画評論家。1961年7月23日、東京都武蔵野市吉祥寺生まれ。獅子座、血液型O型。私立桐朋学園高等学校卒業、青山学院大学経済学部中退。 現在、千葉県我孫子市在住。執筆活動と同時に、広告代理店を経営する実業家でもある。
漫画評論家デビューは、2006年、D文学研究会発行の研究情報誌「D文学通信」1104号に発表された「偏愛的漫画家論 山田花子論」である。その後、「児嶋 都論」、「東陽片岡論」、「泉 昌之論」、「華 倫変論」、「ねこぢる論」、「山野 一論」などを同誌に連載する。