荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載12)

ここをクリックしてください エデンの南   清水正の林芙美子『浮雲』論連載    清水正研究室  
清水正の著作   D文学研究会発行本

日野日出志賞・受賞者
吉田奈々(「雑誌研究」受講者・映画学科四年)
 日野日出志の漫画『蔵六の奇病』を読んで

小沼 和(「マンガ論」受講者・演劇学科二年)
 『蔵六の奇病』と私〜人間とは何か〜

久保川きよみ(「雑誌研究」受講者・演劇学科四年)
 「怪奇! 死人少女」を読む
十月十一日、九日のブログに載せてあります。是非ご覧ください。
日野日出志賞 



偏愛的漫画家論(連載12)
神田森莉
1Q94ホラー漫画に何が起こったか?(その⑤)

荒岡 保志漫画評論家

「なごみ」での荒岡保志 撮影・清水正

そして、1996年9月にぶんか社より発行された第4作品集「少女同盟」、この作品集こそ、神田漫画の最高傑作作品集だと私は言い切る。タイトル作品の「少女同盟」、前述した神田森莉最高傑作「美々子 神様になります!!」、「うらみの双美人」、「メリークリスマス サンタ老人」の1995年から1996年に「ホラーM」に発表される4作品を収録している。

美女だけに入会が許される「少女同盟」は、全女生徒の憧れの的であるが、実は裏側で怪しげな製薬会社と共謀し、監禁した美女を人工授精で妊娠させ、その胎児を売りさばいている、というストーリーで、タイトル作品でもある「少女同盟」、法外な高給で孤島に招かれた家庭教師4人が教えるのはシャム双生児の双子の姉妹だったが、実はこの途方もない大金持ちの遺産が相続される双生児の婿探しのための招集で、双生児の眼鏡に適わなかった男は監禁され、惨殺されるという「うらみの双美人」など、傑作揃いである。
「少女同盟」は、「男性は臭いし汚いから嫌い」と男性の性器をハサミで落とす、やはり美女が群れるレズビアンの傾向が見える作品で、入会資格も巨乳が条件と、ここにも神田森莉の巨乳好きの傾向が現れている。尤も、やはり巨乳は割られるか、切り落とされる、また抉られる運命ではあるが。
「うらみの双美人」のエンディングであるが、これは神田森莉にしか描けないだろう、殺されたシャム双生児の姉の代わりに、彼氏の下半身を斧で切断し、自分と無理矢理縫いつけ、「半分足りた、元通り」と喜ぶハッピー・エンドである。ギャグにしても凄まじい。


さて、ここで紹介するのは、「美々子 神様になります!!」である。何度も書いたが、神田漫画の最高傑作である。

主人公は「美々子」、普通の女子中学生である。大して親しくもない「淳子」に嵌められ、「UFOインター教」という宗教の道場に連れられ、そこで、「Sだるま」という教祖を紹介される。この教団は、修行を積んで超能力者になることを目的にする、と教えられる。
お分かりの通り、「オウム真理教」のパロディである。「Sだるま」の「S」は「彰晃」の「S」であろう、道場の壁に、Sだるまが空中浮遊しているポスターまでご丁寧に貼ってある。

そこで、超能力測定器で、自分の能力を測定する美々子だが、測定値は0であり、飽きもあったので帰るのだが、美々子が帰った後にその測定器を見るSだるまは驚く、0どころか、想定能力がマックスを超え、一周して0に戻っていたのである。美々子には超能力者の才能があったのだ。
「UFOインター教」から、淳子と一緒に帰る美々子であるが、帰途、学校の「江川先生」と会う。すると、淳子は逃げるように姿を消す。江川先生は言う、「淳子は教団の信者で、友達を誘っては入会させる。以前からトラブルの多い要注意教団であるから、絶対に近づくな、薬を使って修行するという噂もある」と。
江川先生とは、勿論、反「オウム真理教」のジャーナリスト「江川招子」である。恐ろしいパロディだ。
ただ、美々子は、「薬を使うならやってみたい」程度の反応で、普通の女子中学生なんてこんなものだ、という神田森莉の声が聞こえてくる。

家に帰ると、美々子の家庭は絶望に満ちていた。受験しか頭にない母、結婚しか頭にない姉、社蓄の父、「くだらない、つまらない」と美々子はうんざりする。そして、美々子は今の環境よりはましだろうと、置手紙を残し、その教団に出家してしまう。

教団の修行を受ける美々子。Sだるまは言う、「近く、東京にハルマゲドンが起き、ほとんどの人間が死ぬ。修行をした信徒だけが生き残る」と。
始めのうちは面白がって修行を受けていた美々子であるが、教団内の規律が予想以上に厳しく、逃げようとするところを監禁されてしまう。

その頃、美々子の家庭では、江川先生が家族から相談を受けている。「娘がカルト教団に出家したことが会社に分かってしまったら」と悩む父、「婚約者の家族に分かってしまったら」と嘆く姉、この家族は全員自分本位で、江川先生も閉口である。江川先生は言う、「出家中に病死したと遺灰だけ戻ってきたケースもある、そうならないようにみんなで戦いましょう」と。その提案に関しては、家族は何処吹く風である。

監禁された美々子は、Sだるまに薬を飲まされる。途端、美々子は暗闇に放り出され、頭を斧で二つに割られる。そして、煮立った油に投げ込まれ、皮を剥がれ、串刺しにされる。全ては薬が見せる幻覚である。
Sだるまが美々子の前に現れる。「何の目的もなく生きているお前は虫だ、私が人生の目的になってやる、修行することによって、人は何故生きるのか真理をつかむのだ」、Sだるまは美々子に説く。美々子は感動してSだるまに跪く。
このこと自体は正しい。神の説法の押し付けではなく、自分自身で真理をつかむ。宗教だけではなく、哲学、文学、あらゆる芸術に共通する主題であろう。

美々子が目覚めると大きな鳥小屋の中にいる。現れたSだるまは、「ここでインコを飼育する、インコは天界にいる鳥で、UFOインター教のシンボルである」と言う。
オームじゃないところが神田森莉の良心か。ただし、ここで、「インコ病とかオーム病という恐ろしい伝染病が発生することがある」と、Sだるまに言わせている。「とか」を入れて敢えて柔らかく表現はしているのだが。

「全身全霊で頑張り、解脱を目指し修行する」という美々子は、すっかりSだるまに洗脳され、「命を捨てて尽くす」と、与えられた仕事に従事する。
そんなある日、脱走者が鳥小屋に逃げ込む。逃げ込んできたのは、教団に拉致されたのではと噂のある、行方不明となっていたアイドル歌手「宝生由貴」であった。
助けを請う宝生由貴は、赤ん坊を抱いている。「教団に拉致され、麻酔を受けるうち、こんな赤ん坊が生まれた」と、宝生由貴が見せる赤ん坊は、顔が二つに割れ、目が八つもあるおぞましい形相をしていた。洗脳されている美々子は、「子供は欠点があるほど可愛いものだ」と、宝生由貴に取り合わず、教団に彼女を差し出す。

監禁された宝生由貴に、強制解脱手術が施される。
顔面を割られ、皮を剥がれ、インコの羽を植毛し、両腕も落とされ羽を移植、首はインコ、身体だけ人間の女性のままという「インコ人間」が誕生するのだ。インコ人間は「きえー」と鳴き、自分の赤ん坊を頭から噛み砕いてしまう。「くだらない親子の情がなくなった、手術は大成功だ」とSだるまは喜ぶ。
このインコ人間も相当なインパクトで迫ってくる。身体は巨乳の美女で、顔だけインコ、というこのぶっ飛んだキャラクターは結構主要な役割を果たすのだが、これも神田漫画ならではのキャラクターと言える。人為的な改造人間は、神田漫画ではお馴染み、と言っていい。作品集「37564学園」の中の「恐怖ウジ虫少女」などはその最たるもので、前述した通り、そのままこのインコ人間に発展を遂げているのである。

そんなある日、江川先生と美々子の家族がUFOインター教の道場に乱入、嫌がる美々子を無理やり脱走させるが、Sだるま及び淳子らにより再び教団に連れ戻されてしまう。
そして、1ヶ月に渡る更なる修行を余儀なく受ける美々子は、顔も目つきも変わり、教団の敵は我が敵、死を持って報うというレベルまで完全に洗脳され、凶暴化している。
「江川一家は悪魔だ、拉致監禁して強制布教し、それでも教えを聞かないなら殺すしかない」と、美々子は言う。

再びインコを飼育する美々子は、教団の信徒たちと交流を交わす。まずは、三国老人、Sだるまの教えにより、末期癌が治ったという穏やかで優しい老人である。そして、美智子母子、元気ではつらつとした健太少年はとても素直ないい子で、仲の良い睦まじいお母子である。「教団ではみんなが家族だ、私は幸せだ」と三国老人は言う。
これも正しい。人間一人一人は、どんなに強さを誇示しても弱い。同じ信徒になることによる共存感、神に守られているという安心感、これも宗教の肝である。神田森莉は、決して宗教の本質を否定しているわけではない、例えば、それがオウム真理教のような教団であったとしてもである。信徒にとっては唯一の拠りどころなのだから。

UFOインター教の幹部昇進試験が実施される。スプーンを念力で曲げることによる超能力測定試験である。美々子の手に持つスプーンこそ曲がらないものの、用意していた全てのスプーンが曲がってしまい、「美々子には大変な超能力がある」とSだるまは改めて感じる。
そして昇進試験の実技試験、それは、あの江川一家の拉致監禁であった。

江川一家を襲う美々子と淳子は、江川夫婦、生まれたばかりの子供、家族3人全員に筋弛緩剤を注入し拉致する。子供は、筋弛緩剤に耐えられる体力はなく、すぐに呼吸が止まり死んでしまうが、「この子はカルマが落ちて天国へ行った、良いことをした」と満足する淳子であった。
これも、一つの考え方であろう。勿論、この地球上の文化圏は法治国家であり、一方的な殺人が認められるわけではないが、宗教上の考え方といえば話は別である。魂が存在すると確信し、括弧たる根拠を持って天界の存在を認めるなら、現世での死は特定の意味を持たない。それこそ、オウム真理教言うところの「ステージが上がる」ということだ。
また、お分かりの通り、これは「坂本弁護士一家殺人事件」のパロディであり、坂本一家と全く同じ家族構成で江川一家が描かれている。ご丁寧なことである。

そして美々子と淳子は教団に戻る。江川一家拉致監禁の成功により、二人は幹部に昇進する。江川夫婦はガラス張りの部屋に監禁され、そこに現れるインコ人間は、その巨乳をゆさゆさと振るわせ、踊りながら歌う「私はやった、拉致監禁、もうすぐ来るぞ、ハルマゲドン」と。
そこで、幹部になった美々子と淳子に、「教団の最高機密を教える」と、Sだるま、そして側近の幹部らが手足を外す。彼らは、手足のない、それこそだるまだったのだ。「これが最終解脱の方法だ、なまじ、便利な手足があるために超能力が目覚めないのだ、おまえたちもだるまになれ」とSだるまは言う。
美々子は一瞬怯むが、淳子は教団衣を脱ぎ捨て、「だるまになるぞ、だるまになるぞ」と歌いながら、自分の手足を自ら斧で切断する。そして、「だるまになったぞ」と嬉々として飛び跳ねながら、「嬉しい、淳子、幸せ過ぎる」と涙を流すのだ。
「さすが淳子、負けられないわ」と、美々子もだるまになろうとすると、その時、監禁されている江川先生の声が届く、「目を覚ませ、君はマインドコントロールされているんだ」と。江川先生は、激しく頭をガラスに打ちつけ、監禁から逃れようとするが、それに気づいたSだるまは、教団が開発したプラズマ銃で江川夫婦を溶かし、肉塊にしてしまう。
その光景を目の前で見る美々子は、「何かが違う」と戸惑い呆然とする。瞬間、背後に迫ったインコ人間が美々子の頭に食らいつき、美々子は頭から出血し気を失いかけるが、肉塊となった江川夫婦を再度見て、涙が溢れ出る。洗脳が解けたのだ。
「この教団は悪い教団だ」、怒りと悲しみに美々子の超能力は開放され、途端、Sだるまは風船のようにまるまると膨れ、浮き上がり、空中でパチンッと破裂してしまう。教祖の死である。

教祖の死を知る教徒は、「Sだるまの後を追う」と、次々と自殺をもくろむ。美々子は、どうすればいいか戸惑うが、そこに現れる三国老人は、美々子に教祖になってほしいと願う、「私たちには帰る家もない、このまま教団がなくなったらのたれ死ぬしかない」と。健太少年も、「超能力のある美々子師なら僕もついて行く」と後押しする。美々子は、「悪いのは教団の上層部だけで、信徒はみんな優しくて弱い人ばっかりだ」と、その申し入れを受け入れる。「これからは、拉致監禁とか洗脳とか悪いことは止めて、正直な良い教団になる」と宣言し、美々子は言う、「美々子、神様になります!!」と。
凡人漫画家ならここでハッピー・エンドだろう。そこはさすがに神田森莉である、この物語の地獄はここから始まるのだ。

美々子の、神様になる決意を他所に、世間では「江川教師一家失踪事件」、「元アイドル宝生由貴拉致監禁事件」の疑惑から、UFOインター教のコミューンにマスコミが押しかける。美々子は、いきなり窮地を迎えることになるのだ。

記者会見を行うUFOインター教、教団を代表するのは教祖の美々子、三国老人、健太少年の母である美智子信徒、手術により何とか手脚を失わずに済んだ淳子、そしてハンサムな東久世弁護士の5人である。
「Sだるま師はどこへ行ったのか」、「江川教師一家の失踪について答えろ」、「元アイドル宝生由貴はどうした」、「この殺人教団め」と、質疑なのかヤジなのか分からないような記者団の追及に、美々子は、全て本当のことを話そうとすると、東久世弁護士がそれを制止する。
「Sだるま師は、より高いステージの霊的解脱のため、エベレスト山中で修行中であり、江川教師失踪、宝生由貴拉致などの事件は教団と一切関係はない」と、東久世弁護士はキッパリと答える。教団を存続されるためには仕方がない、東久世弁護士は釈然としない美々子を説得する。言うまでもなく青山弁護士がモデルであろう。

美々子がUFOインター教の教祖になったことは、当然美々子の家族も知るところになり、美々子は久しぶりに家族の下へ戻り経緯を説明するが、「受験はどうする」と言う母、「娘がカルト教団の教祖だなんて、会社に居られなくなる」と言う父、「婚約が破棄される」と言う姉、相変わらず自分のことしか考えていない家族であった。
怒りに、美々子が家から出ると、今度はマスコミの攻撃が待っている。マスコミから逃れようと駆け足で道路を渡ると、待ち構えていた警察にいきなり逮捕される。「信号無視だ」と刑事は言うが、明らかに別件逮捕である。
取調べ室で拷問にかけられる美々子は痛みに耐えて歯を食いしばるのだったが、そこに東久世弁護士が登場し、「違法だ」と美々子を救出する。そしてシティホテルに美々子を匿う東久世弁護士は、何と美々子に愛を告白するのであった。「二人で力を合わせて教団を再建しよう」と、東久世弁護士は美々子の唇を吸う。
ここで、東久世弁護士はニヤリと薄笑いを浮かべるのだが、これは些か種明かしが早いのでは、と思うだろう。神田漫画は直球勝負、ということか。

そして、問題は次々と起こる。
宝生由貴が人体改造でインコ人間になっていることがマスコミに判明してしまったというのだ。再び記者会見で弁明する美々子であるが、その会見の最中に、会場にインコ人間が乱入してしまう。絶対絶命である。
東久世弁護士は言う、「内部にスパイがいる」と。このスパイが東久世弁護士本人であることは読者には周知のことである。

コミューンの倉庫に淳子を呼び出す東久世弁護士は、淳子にも愛を告白する。淳子は、初めは拒みながらも、東久世弁護士の愛を受け入れてしまう。
ここでも、またニヤリと薄笑いを浮かべる東久世弁護士だった。

今度は、富士山村の村人が徒労を組み、UFOインター教に押し寄せ、叫弾を繰り返す。村人は鍬を振り上げ、石を投げつける。

そして、遂に教団幹部から犠牲者が出る。シャワーを浴びる美智子信徒が、インコに乳首を噛まれる。美智子信徒の身体はみるみる腐敗し、腕、脚も落ちて溶けてしまうのだ。教団が前から開発していた細菌兵器、インコ病である。
ここでも、ご丁寧に巨乳の乳首をインコに噛ませている。大した巨乳フェチ振りである。

美智子信徒の死を悲しむ健太少年、美々子は、その現場にバッジが落ちていることに気づく。それは、富士山村の村長バッジであった。
これも、「坂本弁護士一家殺人事件」のパロディである。尤も、現場にバッジを落としたのは教団の方ではあったが。

UFOインター教は、富士山村村長を告訴する。証拠は、現場に落ちていたバッジである。集まったマスコミにそれを訴える美々子であるが、そこに村長は現れ、「バッジならここにある」と、自分の胸に光るバッジを見せる。驚愕する美々子だが、「嘘つき教団」とマスコミに罵られ、教団は更なる窮地に追い込まれる。教団は嵌められたのだ、内部に潜入するスパイに、東久世弁護士に。

ここから東久世弁護士は暴走する。そして、地獄の大円団へと向かうのだ。

まず、インコ病の研究開発トップである三国老人に、インコ菌の更なる研究に尽くし、もっと増殖させることを指示する。三国老人は、美々子からは逆にインコ病を予防する免疫の研究をすると言われていたので、やや腑に落ちないが、美々子師に従おうと更にインコ菌を製造する。

そして、淳子の相談を受ける東久世弁護士の姿がある。淳子は妊娠してしまったのだ、勿論、相手は東久世弁護士である。「教団に知れれば破門だが、子供はおろしたくない」と迷う淳子に、「簡単なこと」と東久世弁護士はあっさり答え、傍にあった大きな岩を淳子の頭に強か下ろす。そして、太い丸太を淳子の局部へ突き刺し、それは子宮を貫き、内蔵へ達する。淳子は口から大量の血を吐いて果てる。
そのまま丸太は立てられ、案山子のように野原に立つ血まみれの淳子が発見される。

悪夢は続く。美々子の姉が投身自殺したのだ。
その一部始終をマスコミのカメラが追っている。やはり、妹がカルト教団の教祖であることにより婚約を破棄された姉は、「死んでやる」とビルの屋上の柵を越える。見ているマスコミは皆、「スクープだ、飛べ!」と押し殺した声で叫ぶ。そして、地上に待機したカメラは、姉の着地の瞬間も捉える。眼球は飛び出し、脳みそは飛び散り、手脚は曲がり、何故か衣類ははだけ、巨乳が覗き、乳首は立つ。神田森莉のサービス精神である。過剰サービスでもあるが。
このマスコミの対応も、漫画のようだが本質を衝いている。金の先物取引で多くの年金を騙し取った会社の会長が、マスコミの目の前で殺害された事件は記憶に残っているだろう。あの時も、誰一人会長を救おうとせずにカメラを回し続けていた、「スクープだ」と。

教団内部で淳子が殺害されたことを追い、緊急記者会見が開かれる。生放送である。マスコミの執拗な追求に、まだ中学3年生の美々子は泣き出してしまう。
そこに、美々子の疲れ果てた両親が現れる。両親は、「この度の不祥事は、全て親の私たちが至らなかったため」とお詫びをし、隠し持っていた拳銃で自殺をしてしまう。やはり、脳みそを撒き散らして。
両親の自殺を目の当たりにした美々子は、そのまま意識を失う。

教団のコミューンで意識を取り戻す美々子であるが、富士山村では村長を中心にデモが活発化しており、村人らはそのコミューンを囲んでいる。
そこに、三国老人が現れ、「強力なインコ菌の開発に成功した」と美々子に報告する、「これだけあれば、世界を滅ぼせる」と。美々子には、そんな指示を出した覚えがなく疑問に思うが、もはやここまでだろう、東久世弁護士が正体を現す、「スパイはこの俺だ」と。東久世弁護士は、警視庁の刑事だったのだ。「マスコミを先導し、UFOインター教を凶悪教団と信じ込ませ、潰すことが目的だった」と、東久世弁護士は続ける。

美々子は、現実を受け止められずに呆然とするが、そこに、富士山村の村人たちが乱入し、美々子を連れ去ってしまう。
村人たちは、「本当のことを言え」と、美々子を拷問する。裸にされ、木に括りつけられ、下から火で炙られ、腕をもぎ取られる美々子は、今まで嘘をつき通したことに後悔し、「全て教団がやった」と告白してしまう。その光景を東久世弁護士、刑事らが陰で見、美々子の発言を録音している。そして村長に、「協力を感謝する、自供が取れたので、強制捜査に入れる」と御礼を言い、「これで日本の正義が守れる」と胸を張る。
警視庁、検察庁なんてこの程度のレベルである。

美々子は、ここで本当のことに気づくのである。それは、「教団に贖罪の必要は一切ない、狂っているのは日本人という悪魔だ、それに比べれば今まで教団がやってきたことでさえ可愛いものだ」ということだ。

美々子の左腕、両脚は奪い取られている。信徒らも美々子を哀れむが、逆に美々子は毅然とした態度で布告する、「武器弾薬も大量にあり、インコ菌も相当量増えた。新宿にハルマゲドンを起こす」と。「日本人を抹殺することにより、この国は良くなる」と迷いがない。
この漫画を読み進める読者も同意見に違いない。読者は、ここで既に神田森莉に洗脳されているのだ。この国の諸悪の根源は官僚とマスコミである、神田森莉は、15年後の日本社会を予言していたのだ。

そして、ガスマスクを付け、鳥籠にインコを入れた不気味な集団が新宿の街に現れる。「ババンババン、私はやった拉致監禁、もうすぐくるぞ、ハルマゲドン、ああビバビバ」と歌いながら、その集団は鳥籠からインコを解き放つ。
インコ菌を持ったインコらは、次々と人々を襲う。襲われた人は、あの美智子信徒のように、身体が腐敗し、お約束の「痛い、痛い」と訴えながら、あっという間に崩れ落ちる。
その光景を見る美々子は、「ダルマになったぞ、ババンバン」と、上機嫌で歌う。
この凄惨な大量殺人現場でドリフターズである。この絶望的なセンス、100歩譲ってギャグ漫画と捉えても、当時神田森莉は正常だったのか、と疑ってしまうだろう。ご本人も、この「美々子 神様になります!!」を描いていた時は異常にテンションが高かった、と言ってはいるが。

こうなると、教団は一気に末期を迎える。教団のコミューンは、警察官、機動隊員に包囲され、美々子らは中に立て篭もる。
「神様、助けて」と健太少年は祈るが、美々子は、「健太くん、神頼みをしてはダメ」と遮る。健太少年は、「僕たちは宗教団体じゃなかったの」と美々子に問うと、「神様なんているわけない」と美々子はキッパリ答えるのであった。
これも凄い。サラリとギャグで描いてはいるが、仮にも宗教団体の教祖が神の存在を否定するのである。本当にこれはギャグ漫画なのか、と考えさせられる。

そして、東久世弁護士の指示により、教団は一斉砲撃を受ける。美々子が降伏するも砲撃は止まず、銃弾により美々子は右腕も失い、三国老人の頭は飛ぶ。更に、コミューンの武器庫に発火し、大爆発が起こる。

警察の発表は、「追い詰められた教団が集団自殺した」という内容であった。

何故かここで現れる「小林よしのり」は、「マスコミの過激報道が彼らを殺した、信徒1000人全員即死の責任を取れ!」と叫ぶ。

ところが、美々子は生きていた。
両腕、両足を失った美々子は、文字通りだるまとなっていた。健太少年は美々子を乗せたリアカーを引く。テレビの過激な報道を見て健太少年は言う、「テレビって馬鹿だ」と。美々子は、「こんな大人になってはダメ、マスコミとか漫画家って、みんなサルだから」と答える。そして、「健太くん、また教団を一からやり直そう、そして、本当のハルマゲドンを起こそう」と美々子は言う、「だるまじゃないけど、人生は七転び八起きね!」と。

この漫画は一体何なのだろう。ギャグ漫画でもホラー漫画でもない。スプラッターとも言い切れない。いろいろな要素が詰まりに詰まった風刺漫画であることは間違いないが。ただ、風刺の矛先は、官僚とマスコミである。神田森莉の個人的感情ではあろうが、特にこのマスコミに対する批判的な姿勢は一貫している。
また、主人公が教祖になったという設定のためでもあるが、この「オウム真理教」がモデルになる教団には、結構理解のある描き方をしているのが分かる。最終的には、サリンではなく、インコ菌により大量殺人を実行するわけではあるが、それまでの拉致監禁、殺人に関しては「官僚やマスコミの大罪に比べれば可愛い」と言いのけている。ぶんか社の「ホラーM」がマイナー誌とは思わないが、例えば、集英社の「ヤングジャンプ」とか、小学館の「ビッグコミック」辺りのメジャー誌だったら掲載を見送られただろう。
ただ、弱い者を守るために宗教が存在していること、また、人生に目的を持ち真理を掴むこと、このことはかなり宗教の本質に迫っていることは理解できるだろう。

そして、相変わらずのエロ描写、スプラッター、そしてギャグ、極めつけは、このストーリー展開でやはりハッピー・エンド、神田漫画の玉手箱である。恐るべし、神田森莉

前述したが、ご本人の異常にテンションが高かった、という「美々子 神様になります!!」であるが、この後に描いた「37564ひめゆりの島」が、これがまた波天候で、神田森莉にして、「最もテンションが上がった時に描いた」と言わしめる大変危険な作品に仕上がっている。どれくらい危険かと言うと、さすがの「ホラーM」も掲載を見送り、ただし漫画の出来映え自体は大変良く、青林堂の「ガロ」に持ち込むも、やはり危なくて掲載することは不可能と却下されるくらいである。現在、神田森莉の個人電子出版でのみ読むことができるので、興味のある方はお勧めする。
日本人ではあるが、ハーフでブロンドの美女「まりい」が、ひめゆりの島で献身的に軍人の介護に勤める、というストーリーだが、その献身さがとんでもない方向へ向かうのである。正直、最高傑作「美々子 神様になります!!」に引けを取らない傑作であり、この作品がお蔵入りになり、未だ単行本化されていないのは惜しいと言うしかない。
荒岡 保志(アラオカ ヤスシ)、漫画評論家。1961年7月23日、東京都武蔵野市吉祥寺生まれ。獅子座、血液型O型。私立桐朋学園高等学校卒業、青山学院大学経済学部中退。
現在、千葉県我孫子市在住。執筆活動と同時に、広告代理店を経営する実業家でもある。
漫画評論家デビューは、2006年、D文学研究会発行の研究情報誌「D文学通信」1104号に発表された「偏愛的漫画家論 山田花子論」である。その後、「児嶋 都論」、「東陽片岡論」、「泉 昌之論」、「華 倫変論」、「ねこぢる論」、「山野 一論」などを同誌に連載する。