清水正・ドストエフスキーゼミ課題

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清水正の著作   D文学研究会発行本

池袋ジュンク堂三階のロシア文学コーナーに並んだ『清水正ドストエフスキー論全集』。四巻は地下一階の手塚治虫コーナーにあります。『ウラ読みドストエフスキー』はイー・ウンジュさんによって韓国語訳になりました。今年の十二月に刊行される予定です。

清水正ドストエフスキーゼミ「文芸研究Ⅰ」では週に一回のペースでレポートを書いてもらい、メールで送ってもらっています。
今回は崎田麻菜美さんのレポートを三本掲載します。

ゼミ課題⑥  『レベジャードニコフについて』   
 最初にはっきりと書いておこう。レベジャートニコフについて書け、と最初にこの課題が出たとき、私の頭にはレベジャートニコフのレの字もなかったことを。私はこの課題を書くためだけに、『罪と罰』をあろうことか上巻から読み直さなければいけないはめになったのだ。ただでさえ分厚い本文は上中下巻からなっている。正直この課題はあきらめようとすら思ったが、気を取り直して書いていこう。もう原稿用紙の1枚目半分がぐだぐだとした私の心情で埋まってしまっている。早く本題に入らなければ……。
 レベジャートニコフはドゥーニャの婚約者である自分の友人のルージンを、少し小馬鹿にしているように思える。本当に友人というカテゴリーで扱っていいのだろうか。というかむしろ、この二人はぎくしゃくした仲ではなかろうか。なんだかルージンが若干不憫に思える。だが、別にルージンに肩入れしているわけではなく、私はルージンとレベジャートニコフ、双方好きにはなれない。
 なんだか二人とも自分のことを喋りたがりで、自分さえ褒めてもらえればいいような感じだ。自分の話だけ永遠と喋り続け、他人の話なんて上の空。相手にしてもらえないと怒るし、しかし突き放されるとなんとかこちらの機嫌をとろうとする。私が人間の中で一番嫌いなタイプに属するやつらだ。合コンで嫌われるタイプはちょうどこんな感じの人間だというのを、何かのコラムで読んだことがある。
 というか、今更ながら余計なことかもしれないが、このレベジャートニコフというキャラクターは『罪と罰』に必要なのだろうか。だって、「レベジャートニコフについて」という課題が出たときに、私が思い出せなかったくらいの影の薄さだ。あまりいらないんじゃないかと思う。しかも友人であるルージンとの関係も、友人というにはキャラ立ちがいまいちだ。もしかして後から余計に付け足されたキャラクターなのか。そうだとすればあまりに迷惑な話だ。こっちは課題で書かなければいけないのに、ただでさえ主要キャラクターの存在感が大きい『罪と罰』だ。そんな余計なキャラクターを増やされては困る。
 大変失礼な話、これ以上あまり書くことがないので、今回はこんな短い分文章ながらここで私の考察を終わりにする。ちなみに、マンガ版『罪と罰』ではレベジャートニコフについては、あまりに影が薄いため登場していなかった。あとから確認のために使おうと購入した本なのに、困ったものである。


ゼミ課題⑦ 『スヴィドリガイロフへの手紙』 

拝啓 スヴィドリガイロフ様
 私は日本という東の隅の国にある、日本大学芸術学部文芸学科の崎田麻菜美というしがない女学生です。この手紙はゼミというもののために書いている課題なので、便箋ではなく、日本で使われている原稿用紙という変な紙に書いていることをお許し下さい。
 さて、あなたが御出演なさっている『罪と罰』、読ませていただきました。ドゥーニャを前にしての緊迫感、追い詰められ、愛しの若い女を前にしての、抑えられない感情、けれどそんな彼女を前にして、迫っておいて今更ながら嫌われたくはないという中年男の欲深い心情……上からものを言うようで申し訳ないのですが、大変いい演技だったと思います。監督・脚本を担当しているドストエフスキー様の必要としているキャラクターをよく演じていたと思います。決して主要な登場人物ではないにもかかわらず、あの存在感。驚かされました。序盤で登場された時には。正直、そこまでいい役者ではないなと踏んでいました。どうせ若い女に迫っていって、返り討ちにされた性欲が強いだけのおっさんだろうと……。しかし、そんな私の予想は終盤見事に覆されました。もちろん良い意味で、です。まさかあなたが、あんなに良い演技をするなんて思っていなかったのです。最後にいいものを見させていただきました。
 この『罪と罰』が、あなたの遺作となることを、このとき誰が想像できたでしょうか。誰もが、そうは思っていなかったと思います。できるなら、みんなの前で見せつけるように死んでほしかった……。ドストエフスキー様は、知っていたのでしょう?あの時あなたが握っていた拳銃は、本物だということを。だって撮影スタッフが、本物を渡すはずがありませんものね。ポケットにしまっておいた拳銃を、そっとモデルガンと入れ替え、カメラが回り出したと同時に演技に入ったあなたは……。
 どうしてなんです。まさか本当に死ぬ事なんてなかったじゃないですか。あれはあくまで物語の話なんですよ、実話じゃない。あなたはスヴィドリガイロフという役を演じていただけ。週刊誌の記事によると、本当にドゥーニャ役の女優と一悶着あったって書いてありますけど、本当なんですか。それが原因なんですか。本当に『罪と罰』は起こってしまったんですか。それとも、あまりに役に入りすぎてしまってあなたは……。
 やめましょう、もうこの世にいないあなたに、そんな責めるようなことを書くのは。秘密を抱えて、あなたはこの世を去った。そのあなたが出演している作品『罪と罰』が、今も多くの人の心に残っている。それでいいのだと思います。
 最後に、いろいろ書きましたが、これはファンレターではなく、あくまでゼミに出す課題のために書いた手紙だということをご了承下さい。あなたの演技は好きですが、スヴィドリガイロフは大嫌いです。
それではあの世でお会いしましょう。
敬具

ゼミ課題⑧ ポルフィーリイへの手紙』 
拝啓 ポルフィーリイ様
 私は日本という東の隅の国にある、日本大学芸術学部文芸学科の崎田麻菜美というしがない女学生です。この手紙はゼミというもののために書いている課題なので、便箋ではなく、日本で使われている原稿用紙という変な紙に書いていることをお許し下さい。
 さて、あなたが御出演なさっている『罪と罰』、読ませていただきました。まるで悪魔のようですね、ポルフィーリイというキャラクターは。よくもあんなに涼しい顔でずけずけと人にものを聞けるものです。ある意味感心しました。揺るがないその心、洞察眼、お見事です。『罪と罰』のシナリオ的には、犯人側から刑事コロンボという映画を見ているような気分になりました。しかし何より、あなたの演技力が、このポルフィーリイというキャラクターを引き立てているのでしょう。難しい役所なので、これが初めての仕事だと聞いたときは驚きました。そのお年で銀幕初出演とは、長い間苦労されたのでしょう。キャストの発表の時、さんざんマスコミからバッシングがあったことは、もう笑い話になってしまっているでしょうか。もう次の映画の話も来ているとかで、これからのご活躍にも期待します。
 しかしながら、言わせて下さい。私はあなた様が演じたポルフィーリイが、あまり好きではないのです。あくまで私が好きなのは、あなたの演技力だけです。ポルフィーリイの性格、やり方は気にくわないのです。私がもし罪を犯し、逃げている最中の逃亡犯だとしても、あんなやり方で追い詰められたくはありません。ロジオンが思ったように、ポルフィーリイを一瞬殺してやろうかと……いえ、殺してしまうかもしれません。それくらい憎かった、ポルフィーリイというキャラクターが。私はどちらかというとロジオンのようなダメな人を愛してしまう女です。いえ、これは犯罪人をかばっている告白ではありません。あくまで例えです。そして遠回しなロジオンへの告白かもしれません。そんなことはどうでもいいです。そんな私の愛しているロジオンというキャラクターを追い詰めるポルフィーリイが嫌いだった。そして自然的にやり方も気にくわなくなった。ただそれだけの話です。何度読んでいる最中にポルフィーリイの鋭い洞察眼が鈍ってしまえばいいと思ったことか。ごめんなさい。決して演じたあなたを嫌ったわけではないんです。全てはあなたがポルフィーリイ役を演じていた故の定めだとでもお考え下さい。
 それでは短いですがこの辺で失礼します。あぁ、一つだけポルフィーリイにお礼を。ロジオンの罪の告白を、邪魔しないでおいていただいたことを感謝します。

敬具