尾道・因島へ研究旅行(林芙美子を訪ねて)2010/6/5〜6)連載4

清水正の林芙美子『浮雲』論連載    清水正研究室   清水正の著作
エデンの南
荒神社の階段を降り、その左手に芙美子が宿泊した松葉旅館があると聞いて探すが、見当たらず、階段下で受け付けをしていた主婦二人に事情を説明して取材する。松葉旅館という名を聞いたこともないと言う。もしかしたら麻生旅館の間違いではないかと言うので、その跡地を訪ねるが、近くの家の住人は不在で確認のしようがない。三人で商店街を自転車で走っていると一軒だけ開いている書店があったので、取材することにした。初めは店番をしていたおかみさんに松葉旅館の所在地を聞いたのだが、すぐに御主人も快く取材に応じていただいた。東京から来たこと、日芸の教師と大学院生であると自己紹介すると、ご主人が日大の経済学部出身であることを明かされ、一挙に日大つながりということで話がはずみ、ご主人が松葉旅館の後継者にわざわざ電話までかけてくださった。
もう一度、荒神社に戻ると、先ほど取材に応じてくださった方々が階段下に集まっておられ、松葉旅館跡もすぐに確認することができた。この日、協力していただいた方々に感謝申し上げます。


荒神社の祭りで受付していた地元のひとに取材。芙美子が宿泊した松葉旅館の存在自体が広く知られていないようである。

麻生旅館は林芙美子ではなく、今東光に関係があることがのちの取材でわかった。

興文館書店のご主人楠見芳教さんと奥様の桂子さん。

再び荒神社に戻る。右手の建物が松葉旅館跡に建てられたアパート。

取材に応じていただいた村井弘明さん(因島汽船株式会社代表取締役)。村井さんは「花園」(高齢者総合福祉施設)の経営者でもある。岡野軍一のお孫さんにも直接、携帯で連絡をしていただいた。

間島護さんは日立造船所に四十年間勤めた後、六年前に退職された方である。最盛期には造船所は正社員3500人、下請けなど含めると関係者は5000人を越えていたということであった。話を聞いていると最盛期の賑わいが体感された。
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