尾道・因島へ研究旅行(林芙美子を訪ねて)2010/6/5〜6)連載3

清水正の林芙美子『浮雲』論連載    清水正研究室   清水正の著作   エデンの南
六月六日はバスで尾道駅から因島へと向かう。林芙美子の初恋の人として有名な岡野軍一の生まれ故郷。大正十一年(1922)岡野軍一は明治大学商科在学中、尾道高等女学校を卒業して上京した芙美子と雑司が谷墓地近くに同棲した。翌年に大学を卒業した軍一は故郷に戻り、日立造船因島工場に勤めた。年譜などによれば、軍一は家族の反対で芙美子との婚約を破棄し、芙美子は衝撃をうけたとある。今回の因島訪問は、その真実に迫る取材をすすめることであった。
この日は日曜、因島観光協会は土・日が休みというまさにお役所仕事、しかも商店街はほとんどの店がシャッターをおろし、ゴーストタウン状態。取材を諦めかけていたが、この日は荒神様のお祭りで、石段を昇りつめた神社の狭い境内では子供相撲が奉納されていた。テントの下には町の有力者らしき人が集まっていた。東京から林芙美子のことで取材しに来たというと、今治孝之さんという方が寄って来られ、親しく話しているうちに氏の妹さんが軍一の孫娘と友達ということが分かり、すぐに連絡してくれるという、まさにすばらしい展開となった。
名刺の裏に携帯番号を記し、お礼を言って今治さんと別れ、石段から日立造船所の巨大な建物を眺める。軍一を追ってきた芙美子がどんな気持ちで石段に佇み、軍一の勤める造船所を眺めていたのか。熱く強い真夏のような日射しを全身に浴びながら、芙美子の切ない気持を胸一杯に感じた瞬間であった。


取材に快く応じていただいた今治孝之さん(右) 荒神様の境内から因島の街並みを眼下にしながら。時の流れに不思議な感じを抱く。


バスから降りて、まず自転車を借りることにする。