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随想 空即空(連載47) #ドストエフスキー清水正ブログ#

清水正

 

 正宗白鳥は『内村鑑三』で次のように書いている。

 

  欧州大戦中、内村は基督の再臨の信仰を叫び出したのだそうだ。先づ「聖書の研究」誌にこれを発表し、数人の同志とともに大会を開いて盛んに主張し、多数の聴衆を感動させたと云われている。(中略)感激性の強い内村が、基督再臨という彼の好みにかなったような夢に耽りだしたのを、私は面白いと思う。宗教は夢物語みたいなものであるが、その夢が深く、その夢を語るに巧みであり熱意がある者が、読者を魅するのである。再臨運動のような、今日の考えで愚かしきような講演にでも、宗教心のある青年男女は、感激して、普通の教会へ行くよりも内村の「聖書研究会」へ行きたがるので、教会側で反感を抱き邪魔立てしたそうであった。(373~374)

 

 内村の再臨演説は一時、若い聴衆を感激させたとは云え、感激した聴衆のうちに、再臨感を持続したものは殆んどなかったのであろうと推察される。些少の知識でも有っているらしい知識人で、左様な事を妄想している者は絶無であろう。(中略)宗教的夢想としても空疎な感じとして受け取るだけであろう。(374)

 

 白鳥はキリストの再臨が鑑三にとってどれだけ重要であったかを明確にした上で、その再臨が〈妄想〉〈夢想〉〈空疎〉でしかないことを容赦なく、さりげなく、断言している。一度も洗礼など受けたことのないキリスト教に無関心な者が語っているのではない。鑑三の著作を熟読し、鑑三の講演に心酔したことのある、元キリスト者が語っているのである。鑑三の熱狂、過激に対して、白鳥は冷徹な理知の眼差しを注いでいる。キリスト者にとってキリストの再臨を信じることは必須の条件であって、再臨を宗教的妄想、宗教的夢物語と見なす者は、キリスト教から離れるほかはない。棄教し、聖書を凡書と見なした白鳥が、鑑三の再臨信仰をはなから認めないのは当然である。

    ここで白鳥は日本の普通の常識人ならだれでも肯くようなことを書いているわけだが、だからと言って白鳥の言葉を書かれた通りに理解することの危険性も潜めている。何度も言うようだが白鳥の文章は一筋縄ではいかないのである。なにしろ、白鳥は青年期に一度はこの〈宗教的夢物語〉の中に参入した決定的体験を持つ者であり、この〈妄想〉〈夢想〉の持つ魔力を身をもって知っている者なのである。

    白鳥は小学生にでも分かる理知の明晰な働きを駆使して〈宗教的物語〉を否定しているだけではない。白鳥は自らの〈理知〉を、宗教的妄想以上のものとして受け止めていたとは限らない。ここに白鳥の実に分かりやすい、誤解しようない文章が潜めている秘密がある。白鳥自身がこの〈秘密〉を分かっていないような素朴な態度で〈再臨〉を片づけているが、一旦この〈秘密〉に触れてしまうと、白鳥の単純素朴な文章が、単純素朴の衣装を纏わずにはおれなかった、精神と心理の複雑怪奇な諸相を抱きかかえていたことに気づかざるを得ない。

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発行日 2021年12月3日

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発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1

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清水正

 

  内村鑑三はキリストの復活に関して「しかり余は信ず、余の救主は死より復活し給いしを」と書いている。鑑三は確かにキリストの復活を信じていると書いている。問題は、鑑三がその〈復活〉をどのように捉えていたかである。キリストは弟子たちの前に肉体を伴って現れた。しかしこの〈肉体〉がまた一筋縄ではいかない。イエスを間近に見ていた弟子たちが、復活したイエスをすぐに認めることができずにいた、そのことをどのように理解したらいいのだろうか。生前のイエスの〈肉体〉と、復活後のイエスの〈肉体〉を同一と見ることはできない。弟子にすらすぐにはわからない復活後のイエスの〈肉体〉をキリスト教徒でないものがどのように知ることができようか。鑑三はこの復活後のキリストの〈肉体〉を特に問題にしていない。鑑三は「彼の体は朽ちしならん、彼の死体を包みし麻の衣は土と化せしならん、しかれども彼の心、彼の愛、彼の勇、彼の節――嗚呼もしこれらも肉と共に消ゆるならば万有は我らに誤謬を説き、聖人は世を嘆きしなり」と書いている。ここで鑑三が問題にしているのは、キリストの死んでも滅びることのない〈心〉〈愛〉〈勇〉〈節〉である。これらは、死んだ後のイエスが肉体を伴った復活を必ずしも必要とはしないだろう。もしそれでいいのなら、わたしもキリストの〈復活〉を何ら疑うことなく信じることができる。生前のイエスの愛に基づく言動は、彼の肉体の復活などとは関係なく受け入れることができる。むしろキリスト教徒が大まじめにイエスの肉体の〈復活〉を重要視し、それを現実に起きたことだと主張することにわたしなどは抵抗を覚える。イエスは肉体上の復活などしなくても、彼の発した言葉の数々(すべてではない)は人間の心に永遠性を刻印するのである。

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清水正

 

 イポリートはキリストを〈限りなく偉大で尊い存在〉〈それ一つだけでも、自然全体にも、そのあらゆる法則にも、地球全体にも値するもの〉と捉え、自然を〈何かじつに巨大な、情け容赦もないもの言わぬ獣〉〈最新式の巨大な機械〉として捉えている。自然かキリストか、という二者択一の前に、前提としてキリストの自然に勝る偉大さが認められている。イポリートにとって自然とキリストは等価なものとして受け止められていない。キリストは一人の人間として見られているのではない。キリストは神に遣わされた神の子であり、キリスト以外のすべての人間と区別されている。イポリートが眼前にしていたのは〈死せるキリスト〉であって〈死せる人間〉ではない。イポリートは〈死〉そのものに直面しているというよりは、あくまでもキリストの死に直面しているのである。

 キリストを特別視しない者にとって、その〈恐るべき死体〉は単なる人間の死の具体的な様相を示しているに過ぎない。キリストに限らず、愛する者を失った者にとって、悲しみや絶望は限りないものであって、そうそう簡単に慰められるものではない。一人の人間イエスを救世主〈キリスト〉と見なしたい者にとって、キリストの死は特別な意味を持っている。なぜならその〈死〉は〈復活〉を予定した死でなければならず、その〈死〉は〈復活〉によって永遠の命を獲得しなければならない。イエスの〈死〉が単なる死にとどまるなら、イエスはキリストとなることはできない。キリスト教徒にとって、イエスの〈復活〉が認められなければ、それは即ちキリスト教からの離反を意味することになる。キリスト教を創設した者、布教者たちにとって、イエスはなんとしてでも復活する存在でなければならず、それに失敗すればキリスト教はその基盤を根底から失うことになる。

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清水正

 内村鑑三の内にはキリスト教の神に対す不信と懐疑も存在したが、しかし彼はキリスト教から離れることはなかった。鑑三の信仰は愛する者の死によってかえって強まったとさえ言える。鑑三の妻は二度と生き返ってはこない。ヨハネ福音書の中でイエスは死んで四日もたったラザロを蘇生させたが、鑑三はここでとりわけ妻の復活を願ってはいない。わたしは何度でも懐疑の矢を放つが、なぜイエスは頼まれもしないのにわざわざ死者ラザロを復活させたのか。福音書中には、イエスが神の遣いであることを証明するためだと書いてある。それにしても神の遣いであることを証明するために、なぜイエスは死者を復活させる必要があったのだろうか。イエスは見ないで信じる者は幸いである、とも言っているのであるから、わざわざ奇跡を起こす必要などないであろう。いずれにしてもイエスはある時は奇跡を拒み、ある時は頼まれもしないのに奇跡を起こしている。イエスの言動は首尾一貫していない。それに最大の問題は一度蘇生したラザロは、また再び死に呑み込まれてしまったということであろう。ラザロはすべての人間の〈死すべき運命〉を免れることはなかった。つまり、死の勝利であり、自然の勝利に終わったということである。自然はもとより〈死者の復活〉を許していないから、〈ラザロの復活〉は福音書中の虚構ということになる。問題は、理性と知性が拒絶する非真理(幻想)を、内村鑑三はもとよりキリスト者のすべてが真理として受け入れていることである。

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自然と神

 ドストエフスキーは『白痴』の中で余命いくばくもないイポリート少年の口からロゴージンの家にあった〈死せるキリスト〉(ハンス・ホルバイン作)について次のように語らせている。引用は新潮文庫木村浩訳に拠る。

 

 これは十字架にのぼるまでにも、限りない苦しみをなめ、傷や拷問や番人の鞭を受け、十字架を負って歩き、十字架のもとに倒れたときには愚民どもの鞭を耐えしのんだあげく、最後に六時間におよぶ(少なくとも、ぼくの計算ではそれくらいになる)十字架の苦しみに耐えた、一個の人間の赤裸々な死体である。(中略)キリストの受難は譬喩的なものではなく、現実のものであり、したがって、彼の肉体もまた十字架の上で自然の法則に十分かつ完全に服従させられたのだと、キリスト教会では初期のころから決定していることを、ぼくは知っている。この絵の顔は鞭の打擲でおそろしく打ちくだかれ、ものすごい血みどろな青痣でふくれあがり、眼を見開いたままで、瞳はやぶにらみになっている。その大きく開かれた白眼はなんだか死人らしい、ガラス玉のような光を放っていた。(中略)キリストのすべての弟子や、未来のおもだった使徒たちや、キリストに従って十字架のそばに立っていた女たちや、その他すべて彼を信じ崇拝した人たちが見たとしたら、こんな死体を眼の前にしながら、どうしてこの受難者が復活するなどと、信じることができたろうか?(中略)この絵を見ていると、自然というものが何かじつに巨大な、情け容赦もないもの言わぬ獣のように、いや、それよりももっと正確な、ちょっと妙な言い方だが、はるかに正確な言い方をすれば、最新式の巨大な機械が眼の前にちらついてくるのである。その機械は限りなく偉大で尊い存在を無意味にひっつかみ、こなごなに打ちくだき、なんの感情もなくその口中にのみこんでしまったのである。しかも、その存在こそはそれ一つだけでも、自然全体にも、そのあらゆる法則にも、地球全体にも値するものではなかろうか。いや、その地球さえも、ひょっとすると、ただこの存在がこの世にあらわれるためにのみ創りだされたのかもしれないのだ。つまり、このいっさいのものが屈服している、暗愚で傲慢で無意味に永久につづく力の観念をこの絵は表現しているもののようである。(中略)この死者を取りまいていた人びとは、自分たちの希望と信仰ともいうべきものを、ことごとく一気に粉砕されたこの夕べ、かならずや恐ろしいわびしさと心の動揺を感じたにちがいない。(下巻160~162)

  キリスト教圏の小説家にとって自然と神の問題は大問題で、すべての事象は自然の内にあると考えれば、当然神への信仰はなくなることになる。余命幾ばくもない結核病者のイポリートは自らの死に直面して、キリストか自然かを問うている。とりあえず、この問いの内容検証は後に回して、内村鑑三の同じような問いの場面を見てみよう。

 

  嗚呼誰か神意と自然の法則とを区別し得るものあらんや。神もし余の愛するものを活かさんと欲せば、自然の法則に依て活かせしのみ。余輩神を信ずるものはこれに由て神に謝す。しかれども神を信ぜざる者は或はこれを医薬の効に帰し、或は衛生の力に帰し、治癒の源なる神を讃美せざるなり。神の何たるを知り、自然の法則の何たるを知らば、神は「自然に負けたり」との言は決して出ずべきものにあらず。(25)

 

  しからば祈る何の要かある。神は祈祷に応じて雨を賜わず、又聖者の祈祷に反して種々の艱苦を下せり。祈らずして神命に従うに若かず。祈祷の要は何処にありや。

  これは難問題なり。余は余の愛するものの失せしより後数月間、祈祷を廃したり。祈祷なしには箸を取らじ、祈祷なしには枕に就かじと堅く誓いし余さえも、今は神なき人となり、恨を以て膳に向い、涙を以て寝床に就き、祈らぬ人となり了れり。(25~26)

 

 神に祈っても願いが叶えられないことは無数にある。むしろ願いが叶えらることはごく稀である。わたしはキリスト教の神を信じていないので、神に向かって願い事をしたことはない。人間の願い事に関して徹底的に沈黙を守る神は、地上世界に正義・公平・真理を体現する神とはそもそも無縁な存在に思える。人間の善悪観念などに全く頓着しない神は人格神などとは関係なく〈自然〉そのものとさえ言える。サバンナでの弱肉強食の場面を見て、善悪など口に出すことはできない。ライオンが生きるためにシマウマを捕食するのを〈悪〉と見ることはできない。殺すか殺されるかの生の舞台を必死で生きている動物に対して善悪など持ち出すこと自体が愚かしく思える。愛する者が死ねば、残された者はその悲しみを抱いて生きるほかはない。時の経過によって悲しみは徐々に和らぐが、なくなるわけではない。祈りによって慰めを得ようとする者のその〈祈り〉を否定する気などさらさらないが、神を絶対視してそれに帰依する気もない。鑑三はキリスト教への信仰を失えば神に祈ることもやめるだろうが、わたしにとって〈祈り〉は慰めを得んがためのものではなく、ただ祈るだけである。慰め、救済、願望成就とはなんの関わりもない。運命を運命としてそのまま受け入れる〈祈り〉があるだけである。

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清水正

  内村鑑三は「愛する者の失せし時」で次のように書いている。

 

  余の失いしものを思う毎に、余をして常に断腸後悔殆ど堪ゆる能わざらしむるものあり。彼が世に存せし間余は彼の愛に慣れ、時には不興を以て彼の微笑に報い、彼の真意を解せずして彼の余に対する苦慮を増加し、時には彼を呵斥し、甚しきに至りては彼の病中余の援助を乞うに当て――仮令数月間の看護の為めに余の身も精神も疲れたるにもせよ――荒らかなる言葉を以て彼に答え彼の乞に応ぜざりし事ありたり。彼は渾て柔和に渾て忠実なるに、我は幾度か冷酷にして不実なりき。これを思いて余は地に恥じ天に恥じ、報ゆべきの彼は失せ、宥を乞うの人はなく、余は悔い能わざるの後悔に苦められ、無間地獄の火の中に我と我身を責め立てたり。(31)

 

 内村鑑三は愛する妻の死後、〈断腸後悔〉〈悔い能わざるの後悔〉に苦しめられる。宮沢賢治中原中也にはこの類の〈後悔〉は見られない。愛する者を失った、深い悲しみを悲しみのままに受け止め、賢治はひとりの修羅となり、中也は自殺できない業を背負って奉仕者になろうとする。彼らの唯一の救いはその悲しみを詩うことだけにあったようにさえ思える。しかし鑑三の悲しみは、悔い能わざる断腸後悔と深く結びついて、彼を〈無間地獄の火の中〉へと責め立てる。この断腸後悔と自責の念が、鑑三を神へと向かわせたのであろうか。鑑三は病床にあった妻とのやりとりを具体的に描いているわけではないが、書かれた限りにおいても、鑑三が妻の死後、断腸後悔の念に駆られた事情は察することができる。鑑三は精神的肉体的疲労によって十分に心のこもった看病に徹することができず、理不尽な癇癪を起こしたり、妻の必死の願いをも無視したことがあったのだろう。後悔先に立たず、もはや死せし妻に報いることもできず、許しを乞うこともできない。

 鑑三の内には賢治と同様〈ひとりの修羅〉が取り憑いても不思議ではない。鑑三は中也と同様〈奉仕の心〉にもなっている。違いは、鑑三は修羅のままに、奉仕の心になろうとしていることだ。鑑三は〈無間地獄の火の中〉で焼き殺されることを願わなかった。鑑三は〈断腸後悔〉の無間地獄からの救済をキリスト教の神に求めた。はてして〈救済〉はあり得るのか。

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清水正研究」No.1が坂下ゼミから刊行されましたので紹介します。

令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ

発行日 2021年12月3日

発行人 坂下将人  編集人 田嶋俊慶

発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1

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表紙

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目次

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 『銀河鉄道の夜』には様々な謎が仕掛けられている。ジョバンニは父の帰りをひたすら待っている勤労少年の如くに描かれているが、実は父殺し願望を潜めた少年であり、いじめっ子のザネリはその秘密を握っていた少年で、彼はジョバンニの分身でもあった。しかしジョバンニ自身は自分の深層に父殺し願望が潜んでいることなどまったく自覚せず、ザネリがいつも自分をばかにする理由を認識することはできなかった。ジョバンニが街灯の灯りを利用して機関車ごっこをする場面は、父を殺した少年ジョバンニが〈父〉(機関車)に成り代わって演じる恐るべき場面であるが、ジョバンニはもとより読者もまたそのことに気づかなかった。『銀河鉄道の夜』に限らず、宮沢賢治の童話の大半はその秘められた数々の謎が解明されないままに素朴な読み方がされてきた。わたしは四十歳から五十歳にいたる十年間にわたって、文字通り毎日、賢治童話を批評し続けたが、天才賢治の〈一人遊び〉につきあっていたようなものである。

 さて、ここで内村鑑三の「愛する者の死せし時」に関連して、宮沢賢治の場合を考えてみよう。賢治は『銀河鉄道の夜』においてはカムパネルラが突然姿を消した後のジョバンニを次のように描いている「ジョバンニはまるで鉄砲玉のやうに立ちあがりました。そして誰にも聞えないやうに窓の外へからだを乗り出して力いっぱいはげしく胸をうって叫びそれからもう咽喉いっぱい泣きだしました。もうそこらが一ぺんにまっくらになったやうに思ひました」と。賢治は〈愛する者〉トシが亡くなった後の悲しみを「いかりのにがさまた青さ/四月の気層のひかりの底を/唾し はぎしりゆききする/おれはひとりの修羅なのだ/ まことのことばはうしなわれ/雲はちぎれてそらをとぶ/ああかがやきの四月の底を/はぎしり燃えてゆききする/おれはひとりの修羅なのだ」(「春と修羅」)と詩っている。

 わが子文也を亡くした中原中也は「春日狂想」で「愛するものが死んだ時には、/自殺しなけあなりません。/ 愛するものが死んだ時には、/それより他に、方法がない。/ けれどもそれでも、業が深くて、/なほもながらふことともったら、/ 奉仕の気持に、なることなんです。/奉仕の気持に、なることなんです。/ 愛するものは、死んだのですから、/たしかにそれは、死んだのですから、/ もはやどうにも、ならぬのですから、/そのもののために、そのもののために、/ 奉仕の気持に、ならなけあならない。/奉仕の気持に、ならなけあならない。」と詩っている。

 わたしは『銀河鉄道の夜』をドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に関連付けて批評したが、当時最も関心のあったのは息子イリューシャを亡くした父親スネギリョフの残された者の悲しみであった。狂気に陥るか、それとも自殺して果てるか――スネギリョフの悲しみは何によっても慰められることはない。確かに、信仰によってさえ慰められぬ悲しみがある。わたしは当時、授業でスネギリョフの悲しみを巨大な流氷の発する静かな音に例えて口にしたことがある。たまたまわたしはNHKの番組で流氷の発する、静かで透明な音を聴いて、大いなる悲しみは、大げさに嘆いたり、喚いたり、叫んだりするものとは違うことを実感した。巨大な固まりである流氷の発する透明感あふれる〈音〉が、わたし自身の〈残された者〉の悲しみと静かに重なったのである。

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令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ

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発行人 坂下将人  編集人 田嶋俊慶

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